新型コロナウイルスに対する治療薬やワクチンが開発されていない現状では、感染拡大防止策が重要な役割を担っている。しかし、厚生労働省が公開したコロナ対策の接触アプリ「COCOA」には不具合が相次いでいる。そんななか、下水調査でコロナ感染状況を早期に検知できる可能性が出てきた。
富山県立大学と金沢大学の研究グループは下水処理場を調査研究し、日本で初めて下水処理場流入下水からの新型コロナウイルスの遺伝子検出に成功した。
この調査研究は石川県、富山県の4カ所の下水処理場で流入下水試料を収集。収集した計27試料を対象とし複数のPCR法検査を行った結果、7試料でウイルス反応が陽性となった。
実は下水道は感染症予防や対策では重要な役割を担っている。感染症の多くは接触(経口)、飛沫、空気の3つの感染経路によるが、排せつ物や生活排水などの汚水を下水道に流すことで接触感染、飛沫感染の機会が大幅に減少する。
だが、一方では汚水は下水道により下水処理場を通って川や海に注がれ、自然界へ循環されることになるのだが、時として生物を通して再び人間を感染させることもある。例えば、ノロウイルスなどは、海に流れ込んだ汚水の中にあるウイルスが牡蠣などに蓄積され、人間が食中毒を起こす原因となっている。
SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行では、SARSウイルスを含んだ汚水の飛沫が排水口を通して部屋を汚染し、また、バスルームの換気扇を通じてマンションの建物全体に広がった可能性があるとWHO(世界保健機関)が指摘している。こうした川や海に流れ込む汚水や建物内での汚水については、例えば適正な下水管の管理やウイルス除去膜処理を行うなど下水処理システムを高度化することで可能となる。
また、近年注目を集めているのが、今回の富山県立大学と金沢大学の研究グループが行った下水道によるウイルスや細菌の検知機能だ。定期的に下水を採取し、検査・分析することで、ウイルスや細菌を検知すれば、その下水が集まってくる地域に対してアラートを出すことができる。すでに、産業技術総合研究所が汚水に混入したウイルスを光と動きで検出する新たなバイオセンサー技術の開発を進めている。バイオセンサー技術はすでに医学分野、食品分野、環境分野などで活用されている。
日本の汚染処理技術は世界トップクラス
このように下水道は、人間にとって有害な細菌やウイルスの感染を防止するために、大きな役割を担っているのだが、反面、下水道が細菌やウイルスの毒性を強める可能性も指摘されている。下水道には細菌やウイルスが混じった汚水が流れているが、同時に人間にとって有効な薬剤成分も流れ込んでいる。このため、下水道に流れ込む汚水の中で細菌やウイルスが薬剤に対する耐性を強化する可能性も指摘されている。
感染症を治療する薬が開発されても、それが汚水を通じて下水道に流れ込み、細菌やウイルスの耐性が強まれば、薬剤の効果が低下することになり、さらなる治療薬の開発が必要になるという“イタチごっこ”になってしまうだろう。
日本の下水道率や汚染処理技術は世界トップクラスで、2018年時点での全国の汚水処理人口普及率は91.4%だ。下水道は公衆衛生面だけでなく、河川や流域などの水質保全という役割も持っている。さらに今後は、細菌やウイルスの感染防止における重要な役割を担う可能性がある。
新型コロナウイルスに対しては、マスクや手洗いなどだけではなく、下水道を通じた感染拡大防止を進めていくことも、行政の重要な仕事だろう。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)