LVMHとティファニー、世紀の巨額買収から一転、泥沼訴訟合戦…LVMHの“変心”
ルイ・ヴィトンの店舗(「Wikipedia」より)
世界で最も家賃が高い高級ショッピングエリアのひとつ、アメリカのニューヨーク5番街。東57丁目との交差点角には「ティファニー」5番街本店がある。斜め向かいには「ルイ・ヴィトン」5番街旗艦店、道を挟んで2017年に新装オープンした「ブルガリ」5番街旗艦店が建っている。
昨年11月、LVMH・モエ・ヘネシー・ルイ ヴィトンはティファニー買収で合意に至ったと発表。この交差点をLVMHの店舗が占めることになると思われたが、新型コロナウイルス感染拡大や差別問題の影響で、今年6月、買収案にLVMH側から疑問が付され価格の再交渉を探っていると報じられた。
そして9月、LVMHはティファニー買収を撤回し、ティファニーはアメリカ・デラウェア州の裁判所でLVMHを提訴した。
ちなみに負け知らずのLVMHにも、米国市場では苦い経験がある。2001年に米国のアパレルブランド、ダナキャランインターナショナルを買収したが、業績が振るわず16年にG-IIIアパレルグループに売却している。
今回、LVMHとティファニーが泥沼の訴訟に至った経緯、そして両社の真意を探ってみる。
1.LVMHが162億ドルでのティファニー買収を発表
ティファニーは1837年にニューヨークで産声を上げた。歴史の浅いアメリカでは屈指の歴史を持つ正真正銘の老舗ブランドである。1961年に公開されたオードリー・ヘプバーン主演の映画『ティファニーで朝食を』のヒットもあり、ルイ・ヴィトンよりずっと早く世界的なブランド認知を得た。2020年現在、世界に直営約320店舗を展開し、93店舗がアメリカの主要都市をカバーし約1万4200人の従業員を雇用する。
LVMH側からみれば、ティファニー買収は北米市場強化の機会である。顧客基盤も共通しており、自社のラグジュアリーブランドへの入り口としての求めやすい価格帯の商品群もティファニーでは展開されている。2014年に発表された人気シリーズの「ティファニーT」は当時のデザイン・ディレクターであったフランチェスカ・アムフィテアトロフが手掛けた。余談ながら同氏は18年4月からルイ・ヴィトンのウオッチ&ジュエリー・アーティステック・ディレクターに就任している。
2019年11月にLVMHはティファニーを1株あたり135ドル(約1万4500円)、総額162億ドル(約1兆7000億円)相当で買収すると発表。LVMH会長兼CEO(最高経営責任者)のベルナール・アルノー氏は米「WWD」のインタビューで、こう語っていた。
「ブランドの魅力を最大限に引き出すには長期的な視点が必要だ。10年後にブランドがさらに発展しているようにするには何をするべきなのか。それをしっかり考えて行動すれば、利益は後からついてくる」
2.コロナ禍と人種差別問題拡大によるLVMH側の揺らぎ
両社からの発表はないが、今年6月2日にパリにLVMHの経営陣が招集され、ティファニーの最大市場であるアメリカの情勢について協議されたという情報が業界に流れた。コロナ禍による都市ロックダウン、19万人以上という死者数、黒人男性への白人警察官による暴行事件に端を発した人種差別問題の全米への広がりなどもあり、経営陣にはティファニー買収について再考する必要性が認められた。
前日の6月1日に開催されたティファニー株主総会でも買収の変更について発表されていなかったが、4日、LVMHは公開市場でのティファニー株の購入を否定。これを受けて買収価格の再交渉の噂が囁かれたが、両社間の事前契約では違反行為や買収の中止が起こった際には違約金5億7500万ドルが発生するとの取り決めがなされていた。LVMH側は買収合意を守る判断となったと仏メディアでは伝えられ、6月9日にはティファニーのアレッサンドロ・ポリオーロCEOが買収を肯定するコメントを出した。
しかし、3カ月後の9月9日、LVMHは突然、ティファニーの大型買収を撤回すると発表。以下を撤回理由にあげた。
・コロナ禍の中で事業運営を誤った
・米国からの報復関税の問題があるために、フランスの欧州・外務大臣より買収完了の時期を2021年1月6日まで延期するよう要請を受けた
これを受けティファニーは9月9日、LVMHを相手取り、買収契約の履行を求め米デラウェア州裁判所に提訴した。そして翌10日、LVMHもティファニー社と同社経営陣に対してコロナ禍の危機管理対応が適切でなかったとして訴訟を提起する準備を進めているとして、合意の破棄を発表。こうしてMAE条項(買収される側の事業に悪影響が及ぶ重大な問題が起きれば、買い手が取引を中止できるという規定)の該当をめぐり泥沼の訴訟合戦が始まった。
3.ティファニー側に勝算か
LVMH側の主張は以下のとおり。
・ティファニーの経済状況とコロナ禍の危機管理を調査した結果、2020年上半期の業績と通期予想は大いに失望する内容で、同時期のLVMH傘下のブランドと比較しても明らかに劣っている。
・損失が出ていた時期にも配当金を支給していた。
・ティファニー経営陣の判断は適切でなかったためにMAE条約に該当する。
・ティファニーがLVMHに対して合併契約の履行を求めて提訴したことには正当な理由がなく、訴訟準備に長い時間をかけていたのは明らかで、不誠実な行動で株主に誤解を与えるかたちで伝わったためにLVMHの信頼が傷つけられた
9月15日付「Forbes JAPAN」の記事によれば、米法律事務所ダイケマのメンバーでM&A(合併・買収)専門の弁護士ウィルヘルム・リーブマンは、「ティファニーがMAE条項に該当するような問題を起こしたとは考えられず、裁判所にLVMHの主張を認めさせることは難しい」との見解を示しているという。また、同「Forbes JAPAN」記事は、米コンサルタント会社ウェスト・モンロー・パートナーズのM&A部門の責任者、ブラッド・ハラーの「160億ドルの値札は高い。LVMHがその価値を認めていないのは明らか」「だが、このブランドと保有する不動産には、大きな価値がある」「買収を断念すればLVMHは機会損失である」という発言を紹介している。
まとめ
LVMHのティファニー買収は、共通の顧客基盤を持ち多くのシナジーやクロスセリングの機会も生まれると期待された。買収中止の観測が広まった直後の6月9日早朝、ティファニー株は時間外取引で約14%急落。LVMH株もパリ市場で0.8%安をつけた。再編がグローバル規模で進むファッション業界。約2万社といわれる国内ファッション企業も、この大変革の潮流から逃れることはできない。自社をしっかりと再評価して生き延びる道を明確にしなければならない。
(文=たかぎこういち/タカギ&アソシエイツ代表、東京モード学園講師)