思い出されるのが1990年代のアメリカである。90年、米カリフォルニア州では2003年までに販売される新車の10%以上を無排気車両(Zero-Emissions Vehicle)に規制する法律が可決し、大手自動車メーカーは巨額の投資を行い、EVの開発に取り組み、その数年後にはリース販売を開始した。
例えば、GMは10億ドルを投じて、96年にはスポーツカーEV1を誕生させた。94年のテスト走行時に時速295kmのスピードを達成。市場にはパワーを落としたモデルが流通したが、時速60マイル(96km)に達するまで8秒以下の加速性能だった。当時はほとんどリチウム電池は普及してなかったが、NiMH電池を使用したモデルでも、1回6~8時間の充電で航続距離は240キロという優秀なEVだった。そのため、EV1は環境問題を真剣に考える人々や、多くの著名人に愛され、生産は追い付かず、多くの人々がウェイティングリストに名を連ねる状況となった。
ところが、2001年になると状況は一変した。同州の大気資源委員会はZEV規制を緩和して、HVのような部分的ZEVを認める方針転換を打ち出したのだ。自動車各メーカーはZEV規制故に巨額投資を行い、EVを開発してきたため、GMやダイムラー・クライスラーは、新ZEV規制が連邦政府の方針に反するとして、同州と大気資源委員会を訴えた。HVでは、燃費は改善するとしても、排ガスを出すことには変わりない点を争点としたのである。
だが、ここで登場したのが同年大統領に就任したジョージ・W・ブッシュであった。石油業界出身のブッシュ大統領は、異例の訴訟介入を行い、規制は無排気かどうかではなく、燃費を基準として、むしろガソリン使用を前提とするハイブリッド車(HV)や、実用化まで先の長い燃料電池車を生産するよう業界に促した。そして、皮肉にも、大排気量でガソリン消費量の多いSUVの購入者には税金を控除する政策を打ち出し、空前のSUVブームが到来したのである。
結局、これにより、各自動車メーカーはリース期間を満了したEVを回収しては、次々とスクラップにしていった。EV開発で培われた技術力も生かされず、政治の力により、いわば現状維持の路線に戻されたのである。
1990年代のアメリカで人気を博した電気自動車が次々とスクラップにされていった現実を描いたドキュメンタリー映画『誰が電気自動車を殺したのか?』
これまで、自動車メーカーは主にエンジンの開発に多大な努力を行ってきた。だが、EVには自動車メーカーが長年培ってきた技術などあまり要求されず、モーターと電池でシンプルに開発できてしまう。そのような意味では、彼らにとってEVの開発はあまり面白味のない商品なのかもしれない。同時にEVによって自動車業界は新規参入を許しやすくなったともいえる。
これまで、アメリカの自動車メーカーだけでなく、日本の自動車メーカーも政策に翻弄されてきた。そんな経緯を振り返ってみると、日米の自動車業界が大統領の顔色を窺い、EVへの注力を緩めてきた空白期間に、中国自動車メーカーは着々と力をつけてきたといえるのかもしれない。トランプ大統領は今後どのような政策を打ち出してくるのか、さらに自動車業界は目を離すことができなくなりそうだ。
(文=水守啓/サイエンスライター)
●水守 啓(ケイ・ミズモリ)
「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組むナチュラリスト、サイエンスライター、リバース・スピーチ分析家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆・講演活動等を行っている。著書に『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の秘密/失われた古代文明]編』『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(共に徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研プラス)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』『世界を変えるNESARAの謎』(共に明窓出版)などがある。
ホームページ: http://www.keimizumori.com/