初めての議会演説のまやかし
2月28日、米国のトランプ新大統領の初めての議会演説は、想像に反して穏やかなものであったので、世の中に安心感を与えたようだ。米ニューヨーク市場も東京市場も上昇基調となったことが、それを示している。確かに過激な表現は影を潜め、協調を訴える語り口は人が変わったようだ。知性も教養もないと思われていたトランプ大統領に理性が舞い戻ったのかとさえ思わせるものだが、本当に安心できるのか。
問題は話の内容だ。孤立主義、アメリカ第一主義をはじめ、何ひとつ内容はこれまでの発言とは変わるところがない。オブラートに包み、飲み込みやすくし、美しい修飾語を並べ、表現を大人びたものに変えたにすぎない。今後、民主党はもちろん、所属する共和党が多数を占める議会との対立、同盟諸国との摩擦など、多くの難問が待ち受けていることは間違いないことを見逃してはならない。
日本への的外れないいがかかり
大統領選挙中、選出後のいずれにおいても、日本としては見過ごせない発言がいくつかある。防衛問題も重要ではあるが、ここでは触れない。何よりも日本産業、企業に打撃を与えかねない発言に注目する必要がある。自動車産業を名指しにした「日本は非関税障壁を設けて、自国への輸入を制限しながら、アメリカへの輸出を拡大している」という言いがかりである。
この発言を耳にした折、筆者が若かりし頃に耳にした米国大統領をはじめ政府の言葉がよみがえった。今から30年以上も前の、1980年代の日米貿易摩擦時代のことである。レーガンおよび父親ブッシュ時代に、日本産業の競争力はおそらく世界で最強であっただろう。今では想像すらできないが、日本のエレクトロニクス製品、半導体がアメリカ市場を席巻していた。自動車輸出も200万台を超え、自主規制で台数を制限しなければ輸出台数がどこまで膨れ上がるかわからない状況であった。
この時も多くの言いがかりが日本政府に投げかけられたが、アメリカ市場の重要性、そして日本産業の競争力の高さを考慮すれば、受け入れざるを得ないというのが国民感情であった。しかし、今は二重の意味で受け入れがたい発言である。
受け入れられない認識
第一に、日本車がアメリカを多数走っているというが、その大半はアメリカ本土で生産されたものである。90年代、特にその後半に日本自動車企業はアメリカ本土での生産拠点を拡充した。アメリカのみでなく、市場のあるところで生産するというという戦略的な方向性の大転換が進み、今では日本自動車企業の世界生産2000万台の半分以上が、日本以外の海外生産である。海外生産の最大拠点がアメリカ本土である。日本資本ではあるが、アメリカ人が生産した製品が、そして設計開発した製品が大量にアメリカの道を走っているのである。