みなさん、こんにちは。元グラフィックデザイナーのブランディング専門家・松下一功です。
10月6日に放送された『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)で、コロワイドによる大戸屋買収の舞台裏が放送されました。その結果、経営陣と創業家の確執に衝撃を受けた人も多かったようです。
しかし、こういった買収劇は、ブランディング視点から見ると珍しいことではありません。数年前に世間を騒がせた大塚家具や京都の一澤帆布のお家騒動と基本的な原因は同じで、いずれも「理念継承」や「社内浸透」がうまくいかなかったために起きたものです。
そこで今回は、ブランディング視点で見る企業買収について、「理念継承」「社内浸透」の大切さをお伝えしましょう。
大塚家具に見る理念承継の失敗
「理念継承」や「社内浸透」という言葉を、耳にしたことがない人もいるでしょう。読んで字のごとく、「理念継承」は創業時に掲げた理念を次の世代にきちんと伝えることで、「社内浸透」はその理念を社内全体に行き渡らせることをいいます。
一見、簡単なことのように思えますが、これが意外と難しくてやっかいな代物なのです。大塚家具を例にしてみましょう。
大塚家具は、もともと桐箪笥などのいわゆる高級家具を扱っていました。そして、会員制による丁寧な接客営業が大きな特徴でした。会員制にした目的は、家具の価格が外部の力でねじ曲げられないように、適正な金額を保つためだったといわれています。
職人たちが丹精込めてつくった家具を、それを求めるお客さんに適正な価格で届ける。いわば公平な橋渡し役といったところでしょう。
2000年初頭までは、その経営方法で順調に成長していたのですが、やがてニトリやイケアなどが台頭してくると、大塚家具は一気に経営不振に陥ります。そして、創業者でもある前社長から現社長に世代交代した際に、経営方針がガラリと変わりました。
「安い・オシャレ」といった時代のニーズを読んだ上での経営判断だったのでしょうが、そこには創業時に掲げた企業理念は消えていました。安さを訴える戦略に変更した結果、大塚家具は低迷期に突入し、2019年にヤマダ電機の傘下に入りました。そして、赤字経営が続いた結果、現社長は12月1日付で辞任することが発表されました。
もし、前社長から現社長へ代替わりするときに「職人たちが丹精込めてつくった家具を、それを求めるお客さんに適正な価格で届ける」という信念をきちんと伝えていれば、あの“親娘バトル”は発生していなかったと思います。
そして、市場のニーズに合わせた低価格に逃げることなく、違った営業戦略を打ち出せていたのではないでしょうか? また、ヤマダ電機の傘下に入らなくてもよかったのではないでしょうか?
前社長と現社長の両者の考えのどちらかが間違っていて、どちらかが正しいというわけではありません。「理念継承」がきちんとされていなかったために起きた悲劇なのだと思います。
大戸屋のお家騒動の発端
話を大戸屋に戻しましょう。
筆頭株主であるコロワイドは大戸屋に対して経営陣の刷新と子会社化の提案をしますが、大戸屋は反発します。そのため、コロワイドはTOB(株式公開買い付け)を仕掛け、大戸屋の株式の約47%を買い付けました。そして、11月4日に行われた臨時株主総会で、大戸屋は社長を含む取締役10人が解任され、コロワイドが提案した7人の取締役が選任されました。その中に、経営陣ともめて一度は大戸屋を退社した創業者の長男が入っていることが、波紋を呼んでいます。
こちらのお家騒動の発端は、経営陣と創業者長男の対立です。おそらく、企業理念の「社内浸透」がきちんとされていなかったのでしょう。両者が同じレベルで企業理念の理解ができておらず、何を変えずに何を変えるべきかの意見が食い違い、決別してしまったのだと思います。
『ガイアの夜明け』放送後、SNSではコロワイド側についた創業者長男を心配する声や、大戸屋の前途を不安視する声が多数上がりました。私もみなさんと同じように大戸屋の今後が心配ですし、注目もしていますが、ひとつだけ言えることがあります。それは、この買収が成功するか失敗するかは、コロワイドにかかっているということです。
過去を振り返ると、自動車メーカーのジャガーはフォードに買収されてから高級車としての地位を確立し、エレキギターで有名なフェンダーは1回目の買収では失敗しましたが、2回目の買収が成功して世界一のギターブランドとなりました。
どちらのブランドも、買収されたことで資本が増えて経営がしやすくなったこと、買収する側の会社が相手の価値や企業理念を尊重していたことで業績が回復したという共通点があります。
果たして、今後コロワイドは大戸屋をどのように経営していくのでしょうか? 創業時に掲げた理念を基にした戦略を展開するのか、あるいは利益を重視した作業効率のいい戦略に変えるのか?
大戸屋とコロワイドの今後を、静かに見守りたいと思います。
(松下一功/ブランディング専門家、構成=安倍川モチ子/フリーライター)