楽天モバイルが満を持して発表した、新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT V」。データ通信が無制限で、2980円と破格の内容だ。この発表は、夜の全国ニュースなどでも報じられ、大きな注目を集めた。
そして、注目を集めたのは、もうひとつ理由がある。日本の高すぎる携帯料金の「値下げ」を大きく進めるのではないか?という期待。ようは「価格競争の台風の目」として期待をされていた。
2018年4月9日、楽天はドコモ・au・ソフトバンクに続く、キャリア(MNO)として認可された。格安SIMを提供するMVNOなどと違って、自社の回線を持つことになる。これによって、大手3社が横並びし、「高すぎる」と批判される携帯電話事業の世界に価格競争を起こすことが期待されていた。
もともとMNOとしての楽天モバイルは、回線のクオリティ問題などから、ユーザー数を爆発的には伸ばしてこられなかったが、昨今話題の5Gに対応し、しかも2980円という“格安”で利用できるというプランを発表したことで、「楽天の起死回生となるか?」という声も見られた。
しかし、結論からいえば、楽天が爆発的にユーザー数を獲得することも、3大キャリアを脅かし、値下げ競争を強く推し進める存在になることもかなり厳しいだろう。
無制限の旨味は、限られたユーザーのみ
まずは、回線についてだ。以前の楽天モバイルはMVNOといって、ドコモやauなどの大手キャリアから借り受けるかたちで、サービスを提供していた。ドコモやauから借り受けるといっても、同じクオリティの通信になるわけではない。道路にたとえれば、かなり車線数が限られている。結果的に、多くの人がアクセスする時間帯にはつながりづらくなるなどのデメリットが生じていた。
その後、楽天は独自の基地局を増やしてはいるが、まだまだ限定的。東京や大阪、名古屋の限られたエリアのみになっている。このエリアを増やしていく作業というのは、キャリアにとって骨の折れること。5Gでは基地局の設置のコストが削減されるといわれているが、大手キャリアには一日の長どころか、何百日もの長があるといっても過言ではない。
では、独自のエリア以外では楽天モバイルを使うことはできないのか? いや、そんなことはない。提携先のauの回線に切り替わる。auのエリアカバー率はかなり高いので「つながらない」という事態は避けられるが、問題はデータ通信の制限。というのも「無制限」を謳う楽天の新料金プランだが、auの回線に切り替わった場合、5GBの上限が生じてしまう。つまり、無制限の旨味を堪能できるのは、ごくごく限られたユーザーになってしまう。
また、「5G対応」というのも、多くの日本人にとって魅力的とはならない。日本は、世界でも屈指のiPhone大国として有名。iPhoneといえば、5Gに対応する新型iPhone 12シリーズが発表されたばかりだが、アップルの取り扱いキャリアに楽天モバイルは名を連ねていなかった。ちなみに、ドコモやau、ソフトバンクは名を連ねている。
そもそも、楽天が前面に押し出す5G自体に、現段階では大きな価値はない。その理由は、以前の記事でも触れたが、エリアが極めて限定的であり、電波もつながりづらい。そして、キラーコンテンツもなく、一般ユーザーの利用シーンにおいて5Gのメリットはほとんどない。
大手キャリアも一斉に値下げの動き
と、ここまで楽天モバイルの弱点を挙げてきたが、「安さ」は強力な武器である。しかし、楽天モバイルにとって予想外と思われる事態が起きた。菅義偉首相の肝いりである「携帯料金の値下げ」が大きく動き出したのだ。
菅首相が官房長官時代にも「高すぎる携帯料金問題」は議論の的になったが、当時のキャリアはなんちゃって値下げを行った。ようは、ごくごく一部のユーザーのみ安くなるというポーズに出たのだが、今回はそれでは許されない。早速、ソフトバンクがドコモよりも3割安いプランを準備しているのではないかという記事も出た。
つまり、ネットワーククオリティなどが勝る大手キャリアが携帯料金の値下げを行ってくると、楽天モバイルの切り札が切れなくなる。
ところで、楽天モバイルには「グループとしての強みがあるのではないか?」という意見がある。楽天カードや楽天市場、楽天トラベルに楽天銀行……とグループ内に人気のサービスがたくさんあるのは事実だ。これらを連携し「楽天モバイルユーザーは楽天市場でのお買い物で、楽天ポイントが○○倍!」「楽天モバイルの支払いを楽天カードで行うと○○%キャッシュバック!」などのキャンペーンはいくらでも打てるだろう。しかし、それでも他社を圧倒できるかといわれれば厳しいのではないか。
なぜなら、他のキャリアも同じような戦略を取っているからだ。例えば、ドコモユーザーは、dカードやdポイントと絡めればお得になる。ソフトバンクは、ユーザー向けにPayPayやヤフーショッピング、ヤフートラベルなどお得なキャンペーンも行っている。
そして、ソフトバンクにはY!モバイルが、auにはUQモバイルという“サブブランド”が存在している。これらのサブブランドはMVNOであり、それこそ安さが売り。当然、グループ内での連携も行える。
これらは、いくらMVNOとはいえ、大手キャリアのサブブランドという安心感を持つ人も少なくない。楽天モバイルが気になるユーザーにとっては、これらのMVNOともしのぎを削らないといけない。
ちなみに、現状ではサブブランドを持たないドコモだが、今回の携帯料金値下げ議論に際して、サブブランドの誕生が期待されている。
というわけで、楽天モバイルが持つ安さという武器の“攻撃力”はあまり高くない。少なくとも、圧倒的な差別化ができるわけではない。
そして、価格競争が起きるのは相手が「脅威」だと感じるとき。例えば、ボーダフォンの日本法人を買収した頃のソフトバンクは、ボーダフォンのネットワークを引き継ぎながら、圧倒的な安さで勝負に出た。MNPなどの動きもあり、ドコモやauから多くのユーザーが流出。それを防ぐためにドコモもauも対策を講じることになった。
しかし、過去のソフトバンクのように、楽天モバイルが台風の目になることは難しいだろう。結局、「2台目」としての活用や、リアルなSIMカードを必要としないeSIMを利用した、1台の端末に2枚のSIMが搭載されたデュアルSIMでの利用、あるいは、ネットワークのクオリティに多少の不安はあっても、少しでも安いプランを選びたい人にチョイスされるのではないか。
それはつまり、楽天モバイルはMVNO時代と変わらない状況ということだ。MVNOと変わらないのであれば、3大キャリアが脅威に感じることもない。もしも値下げの議論がなければ、楽天モバイルも大きな注目を集めたと思うが、タイミングが悪かった。そして、3大キャリアも、あの手この手で「携帯料金の値下げ」を打ち出していき、楽天モバイルなど目もくれない状態が続いていくだろう。
(文=加藤純平/ライター)