日本郵政グループは2017年3月期の決算で、07年の郵政民営化以降で初めて連結最終損益が289億円の赤字に転落した。だが金融界で話題がもちきりなのは、決算発表と相前後して浮上した野村不動産ホールディングス(HD)の買収話だ。
交渉は水面下で始まったばかりらしく、5月15日の決算発表でもこの質問が集中したものの、日本郵政の長門正貢社長は「5月12日に東証に適時開示したこと以外に新しく報告する内容はない。マネーが不動産に向かっているというリスクがこの業界にはある。その点を十分に勘案して分析しないと危ない」と素っ気なかった。
長門社長が野村不動産の買収話にあまりいい顔をしないのには理由がある。その背景について、ある金融関係者は次のように指摘する。
「あまり知られていない話だが、実は野村不動産HDは上場と相前後して、東芝不動産を9年前に買収しています。野村不動産には東芝の血が流れているというわけです。豪物流大手トール買収を主導した前日本郵政社長で、東芝凋落の元凶とされる西室泰三・東芝相談役の影がちらつくことに、長門社長は嫌な感じを持っているのではないですか」
実は野村證券は、かなり前から野村不動産を切り離していく方向で、株式の持分を引き下げてきていた。同社の現状は2期連続の減益で、まさに売り時ということだろう。日本郵政としては、持株会社の傘下にぶら下げれば収益かさ上げ効果は見込めるものの、本業とのシナジー(相乗効果)があまり感じられない買収話。
「あまり筋のいい話ではない」(競合するメガバンク幹部)
接近する日本郵政と野村證券
それでも日本郵政グループには、野村不動産の買収に乗り出す動機がある。日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の上場3社の株式の第二次売却が控えているためだ。株価を上げるための“バラ色のエクイティ・ストーリー”がいる。そこに浮上したのが今回の案件。野村不動産の取り込みは、政治的な要請が色濃い買収話とみていい。
いうまでもなく、郵政グループは日本有数の土地持ちだ。簿価ベースで2兆円もの不動産を保有し、上場企業では6番目の土地持ちとも試算されている。東京駅前の旧東京中央郵便局跡地に建てられた「JPタワー」、名古屋駅に隣接する旧名古屋中央郵便局の敷地に建設された「JPタワー名古屋」など、挙げたらきりがない。札幌、埼玉・大宮、博多など全国で大型再開発ビルラッシュとなっている。こうした再開発事業に野村不動産のノウハウが使えるということだろう。
日本郵政グループの不動産事業については、歴代、三井不動産の元幹部が転籍して推進している。彼らと野村グループとの関係も気になる。
日本郵政グループと野村證券は上場時の主幹事証券という関係のみならず、共同で出資するアセットマネジメント会社「JP投信」を持ち、提携関係にある。もし野村不動産買収が実現すれば、両者がさらに接近する契機になることは間違いない。
日本郵政の長門社長は決算発表で、国内外のM&A(合併・買収)について、「日本郵政全体で成長できるのであれば、国内外を問わず聖域なく買収を考えていきたい」と強調した。だが、野村不動産の株価は買収報道を受けストップ高(15日)となるなど急騰しており、「高値掴み」と批判を受けたトールの二の舞にならないか懸念する声も聞かれ始めた。
日本郵政の野村不動産買収には西室氏との因縁がある。日本郵政グループ内では、トール買収の大失敗から西室色を一掃したいという気分が強い。その急先鋒が、長門社長にほかならない。
(文=編集部)