海外企業の買収にあたって、同社がより詳細にリスクを洗い出し、その潜在的なインパクトを客観的に評価できていれば、今日の状況は防ぐことができたかもしれない。少なくとも影響を食い止めることは可能だっただろう。それができていなかったことが、同社の経営危機を招いた。半導体事業の売却に関して、工場の共同運営パートナーである米ウエスタンデジタル社との意見が対立したことを見ても、東芝の契約管理のあり方には不安な部分が多い。
なぜ契約内容を精査できなかったか
契約に基づいて、保有する権利を行使するのは当然だ。しかし東芝は、当たり前の内容を正確に理解し、その影響に備えることができなかった。最大の原因は、一部の権力者の行動に待ったをかけることができなかったことだ。これは、ガバナンス(企業統治)の以前の問題だ。
長らく日本では新卒一括採用、年功序列の雇用慣行が続いてきた。実力はさることながら、人事評価上、それ以外の要素が重要なことも多い。そのひとつが“社内政治”だ。
たとえば、新規のプロジェクトを進める際など、部門間の調整に手間取ることは多い。そのとき、影響力がある役員などとの関係が良好だと、スムーズに物事が進みやすい。この人間関係は昇進などにも有利に働くことがある。
日本では、プロパー社員のなかから経営者が選ばれることが多い。プロの経営者を登用するケースも増えてはいるが、いまだに伝統的なスタイルを重視する企業が多い。どうしても無意識のうちに、影響力のある人の意見に従う行動様式は選択されやすいといえる。その結果、「中興の祖である、あの方の決定だから、従うしかない」との心理が強くなってしまいやすい。そこに、客観的なリスクの精査が必要という認識を介在させるのは、かなり難しいだろう。
東芝は企業統治に積極的に取り組んできたことで有名だった。その企業が一部経営者の過度なリスクテイクを止められなかったことは、多くの企業が生かすべき教訓だ。組織を変えるためには、その行動を無意識のうちに支え、時に正当化してきた考え方を変革しなければならない。
これまでにも、かなりの時間と労力をかけてそうした議論が進められてきた。しかし、東芝の例を見る限り、長らく指摘されてきたことが実務に浸透しているとは言い難い。専門職の登用や実力ベースでの人事評価など、企業には当たり前といわれてきた取り組みを粛々と進める姿勢が求められる。