冷静さを失う経営陣
しかし、WDが東芝メモリの自社以外への売却に待ったをかけているため、売却交渉は難航が予想される。東芝メモリの経営権取得が前提のWDと、経営権の海外企業への移譲は認められない革新機構と政策投資銀の思惑は相入れないため、WDは日米韓連合チームには加わっていない。
WDは5月に東芝メモリの他社への売却手続きの差し止めを求め、国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てた。それを受けて、早く売却したい東芝は、東芝メモリに移転した合弁株を東芝本体に戻すことで、WDの主張の根拠をなくそうとしたが、この行為に不信感を強めたWDは、6月15日にカリフォルニア州の上級裁判所に東芝メモリ売却差し止めの申し立て手続きを開始した。WDは「東芝が半導体メモリを売却するのは契約違反」であり「東芝が契約内容を侵害する行為をやめさせるには法的措置以外に選択肢はない」と強い調子のコメントを出している。
現状の東芝は、なりふり構ってはいられないのだろう。決算報告ができないという前代未聞の状況にある今月28日の定時株主総会に、少しでも“お土産”が欲しいのだろう。気持ちはわかるが、冷静な経営者のすることではない。
WDの動きをみるに、7月14日に上級裁判所で審問が予定されており、今後差し止めの仮処分が出る可能性は否定できない。革新機構と政策投資銀などの日本勢は良いが、ベインキャピタルがこの状況下で素直に契約締結に進むかは疑問だ。東芝が描く「6月後半に売却先を決め、定時株主総会を開く同月28日までに契約締結をする」というシナリオは夢物語に限りなく近い。
18年3月期の債務超過を避けるうえで時間に余裕のない東芝としては、現実的にはWDと折り合いをつけるしかないのではないだろうか。まさに前門の虎に遭遇したといったところであろう。政府主導の「日の丸救済策」をとって結局話が期限内にまとまらず、上場廃止の可能性を高めるか、WDと妥協して延命するかであろう。ベインキャピタルとSKハイニックスが陣営から抜けても、革新機構と政策投資銀の出資を割り増しして予定通り買収するというシナリオもあり得るが、それは事実上東芝メモリの国有化であり、その資金を元に債務超過をしのぐ東芝も国有化同然である。
しかし、東芝を企業としてみた場合、仮に今回のこの前門の虎をかわし、なんとか債務超過を免れても、安泰ではないだろう。空中分解は避けられても、解体への道を歩むことを止めることは難しいのではないか。まさに、後門の狼が待ち受けている。
まずは、28日の定時株主総会の行方を見守りたい。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)