東芝とWDの戦闘:第3ラウンド
WDの上記発表に対して東芝は6月7日、WDに「四日市工場の権利の確認」を行う書簡を送った。その書簡には、以下のような内容が書かれていたと報道されている。
まず、四日市工場の運営主体は東芝にある。その根拠は、四日市工場の土地、工場建屋、動力設備などはすべて東芝メモリの所有物であるからだ。このことを明確に確認している。次に、東芝とWDの合弁会社は既存工場の設備投資を共同で担い、予め決められた割合で生産したメモリを分配することを確認している。
その合弁会社の契約は恐らく5棟ある工場ごとに取り決めていると考えられるが、もっとも早いもので2021年末に期限を迎え、継続には両社が書面で合意する必要があることを確認している。これをわざわざ確認しているということは、WDが東芝メモリ売却の「妨害行為」をやめないなら、期限が切れた合弁契約については、契約を打ち切るということを暗にほのめかしていると思われる。
そして東芝は、次世代3次元NAND製造用に第6棟の建設に着工したが、この製造棟についてはWDとの合弁の枠組みは未定であることを確認している。この確認は、「妨害行為」をやめないならWDと合弁契約を結ばないことを警告しているようにみえる。
以上、東芝は四日市工場の土地やインフラは東芝の持ち分であり、運営主体は東芝にあり、WDが「妨害行為」をやめないなら今後、合弁契約を結ばないぞと脅しているわけだ。
この東芝(の脅し)に対してWDは6月14日、「東芝がメモリ事業を売却するのは契約違反」であり、「東芝が契約内容を侵害する行為をやめさせるためには法的措置以外に選択肢がない」という声明とともに、米カリフォルニア州の上級裁判所に「東芝メモリの売却差し止め」に関する申立書を提出すると発表した。
国際仲裁裁判所による裁判は、数年~10年以上かかる見込みである。しかし、WDが訴訟を提起した米カリフォルニア州の裁判所なら、1カ月後の7月14日に審理が行われ、早ければ同日に判決が出るという。そしてその判決では、売却差し止めの仮処分の決定が出る可能性が高いといわれている。
東芝が革新機構を中心とする「日米韓連合」と優先交渉へ
東芝は2つ目の訴訟などはなから無視し、6月21日に取締役会で東芝メモリの売却について産業革新機構を中心とする「日米韓連合」と優先交渉することを決めた。この連合は、特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)を設立し、このSPCが東芝メモリを2兆円で買収する計画である(図1)。
この「日米韓(ぐちゃぐちゃ)連合」には、過半を出資する革新機構のほかに、日本政策投資銀行、米投資ファンドのベインキャピタル、NANDの競合の韓国SKハイニックス(SK hynix)、三菱東京UFJ銀行が加わっている。
東芝の取締役会は、「6月後半に売却先を決め、6月28日の定時株主総会までに契約締結するように東芝メモリの売却を進める」と発表した。しかし、「日米韓連合」との最終交渉が難航し、結果的には現在に至っても契約締結には至っていない。この理由について東芝の綱川社長は、「複数の当事者による調整などに時間を要している」と言い、革新機構の志賀会長は、「(最終合意の遅れは)膨大な資料の精査に時間がかかっている」などと発言している。
筆者は、東芝が優先交渉すると決めた「日米韓連合」は、“最悪のなかの最悪の決定”であると考えている。なぜなら、この連合が東芝メモリを買収したら、東芝メモリのボードメンバーは素人の烏合の衆となり、何も決められない無能な組織になることは明白だからである。契約締結に時間がかかっていることなども、無能な組織と化した烏合の衆の性格の一端が垣間見える気がする。
東芝とWDの戦闘:第4ラウンド
そして東芝とWDの戦闘はさらに深刻化した。東芝および東芝メモリはWDに対し、不正競争行為の差し止めを求める仮処分命令の申立て、および1,200億円の支払いを求める損害賠償などの訴訟を東京地方裁判所に提起した。
この訴訟を提起する根拠について東芝は、WDは「東芝のNAND事業は契約違反」と主張しているが、これは「虚偽」であり、それを言い触らしていることが東芝の信用を棄損していると主張している。加えて東芝は、「WDが共同開発に関する情報のアクセス権を持ったサンディスク社員をWD社に転籍させるなどして、機密情報を不正に取得、使用している」として、上記と合わせ「不正競争防止法や民法上の不法行為に該当する」と判断し、上記訴訟の提起に至ったと発表した。
その上で東芝は、6月28日付けでWDに対して四日市工場の開発情報などへのアクセスを遮断した。これまで両社は、東芝の四日市工場、大船事業所、WDのシリコンバレーの開発拠点をネットで結んで設計業務を分担していた。この情報アクセスを遮断してしまったのだ。
この情報遮断により、WDの幹部も技術者も、開発データなどにアクセスできなくなり、開発や生産活動に大きな支障が出る。つまり、四日市工場において東芝はWDとの共同開発や製造を放棄したことになる。これに対してWDは、「アクセス遮断は東芝関係者だけでなく、両社の顧客にも悪影響を及ぼす行為だ」と非難した。
一方、東芝は6月28日、四日市工場で建設中の第6製造棟に導入する製造設備と、第6製造棟第2期分の建設費用として、総額約1800億円を単独で投資すると発表した。もはや東芝は、WDとの共同開発を放棄したばかりでなく、3次元NANDへの設備投資も、単独で行う覚悟を決めたのである。
東芝とWDの戦闘を和解できるか
このように、WDが国際仲裁裁判所と米カリフォルニア州上級裁判所の2カ所に裁判を提起し、東芝は東京地方裁判所で裁判を起こす構えだ。また東芝は、WDに対して情報アクセスを遮断し、四日市工場への投資を単独で行うことを決めた(これに対して上記の米裁判所は7月11日、アクセス遮断を解除するよう命じる仮処分の決定を出した模様である)。東芝とWDとの戦闘は先鋭化し、両社の関係は修復不能になってしまったと思われる。
東芝の取締役会は革新機構を中心とする「日米韓連合」と優先交渉することを決めたが、交渉が難航しており、契約締結には至っていない。また両社が提起した3つの裁判のうち、米カリフォルニア州上級裁判所の仮処分の決定が、早ければ7月14日に出る。ここで、「東芝のメモリ事業の売却差し止め」の仮処分が出た場合、東芝の取締役会が決めた「日米韓連合」への優先交渉などは白紙に戻る可能性がある。
この仮処分の決定は、東芝とWDの激しい戦闘に拍車をかけることになるかもしれない。この両社の紛争を解消するには、「誰か」が仲裁を行わなければダメではないかと思う。そしてそれは、裁判所ではなく、東芝とWDの双方の意見を聞き、落としどころを見つけ、両社を調停できるような「誰か」でなくてはならない。
それは一体、「誰か」? 筆者は、その「誰か」の適任者としてある人物を思い浮かべることができる。そして、密かにその人物が行動を起こしてくれないかと期待している。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)