今年5月、東京五輪の通訳ボランティアに参加してはいけないと学生に注意を促すツイートがTwitterに投下された。「JOCには莫大なカネがあるのにそれを使わず、皆さんの貴重な時間・知識・体力をタダで使い倒そうとしているからです」とするこのツイートは即座に拡散され、わずか1週間程度で1万9000回リツイートされた。
このツイートをしたのは、博報堂元社員という立場から広告やメディアが抱える問題を追及し続け、著書やインターネットでそれらを白日の下にさらしてきた本間龍氏。同氏最新の著作である『電通巨大利権 東京五輪で搾取される国民』では、広告代理店最大手・電通に厳しい目を向ける。
著者は、「電通は2020年東京五輪の全てを取り仕切っている」と指摘する。招致活動からロゴ選定、スポンサー獲得、PR活動、五輪本番の管理進行まで、文字通りすべてを請け負っているのだ。そう聞いても、「別に悪いことではない」と思う人も少なくないだろう。だが、これは五輪に関するCMや広告、関連グッズなどの利益がすべて電通に集中することを意味する。著者によれば「これは極めて異常な状況で、過去の開催国でこうした例はない。まさしく『五輪の私物化』と言えるような状況である」という。
電通が請け負っているのだから電通が儲かるのは仕方がない、と思うだろうか。だが、その額が尋常ではないとしたらどうだろうか。著者の計算によれば、電通は東京五輪のためにすでに約3930億円をスポンサー料として各企業から集め、そのうち約20%にあたる786億円あまりを収益として手にするという。組織委員会はさらにスポンサーを増やそうと計画しているため、本番までには電通の利益もさらに膨れ上がることになる。
もちろん、電通がいくら儲けようと、我々が文句を言う筋合いではないだろう。だが著者は、組織委と電通は約4000億円ものカネを集めておきながら、大会運営に必要な9万人ものボランティアを、1円も払わずタダ働きさせようとしていると指摘する。著者がこれをTwitterに書き込んで大きな反響を受けたのは、冒頭で紹介した通りだ。カネがないのなら仕方がないが、カネは十分にあるのだ。自分たちの利益はしっかりと確保し、一般市民をタダでこき使おうという発想は、非常に卑しいと言わざるを得ない。
東京五輪については、このほかにも指摘される問題点があるが、それらを大々的に取り上げるメディアは少ない。ここでは詳細な数字は省くが、電通は我々の想像以上に巨大な企業であり、その売り上げはテレビ業界最大のフジテレビや新聞業界最大の朝日新聞をはるかに上回る。つまり、電通は国内のどのメディアよりも巨大な存在であり、広告出稿を通してそれらのメディアに対して強い影響力をふるってきた。
これはメディアにとって、電通そのものや電通が関わるイベントについての批判は基本的に許されないことを意味する。著者は、実際にはメディア側が過度に電通の意向を「忖度」しているのが現実だといい、その実例も示す。要するに、電通がすべてを取り仕切る東京五輪を批判することは、メディアにとっては許されない行為なのだ。
本書には、新入社員過労死事件のような不祥事があっても電通の力が衰えない理由なども暴露されており、電通による寡占化の弊害がわかりやすく示される。
著者は東京五輪から一歩踏み込み、近い将来にあるかもしれない憲法改正に関する国民投票に電通が大きく関わる可能性を指摘する。多くの国民は、国民投票を政治的な面でしかとらえていないが、実は電通のような代理店にとっては巨大特需になるのだという。詳細はぜひ、本書を読んでいただきたいが、国民投票が発議された際に電通がどう動くかについての著者独自のシミュレーションは興味深く、また電通のあまりの影響力の強さに背筋が寒くなる思いがする。政局が大きく動いている今、本書を手に取って来るべき日に備えておくのはいかがだろうか。
(文=編集部)