ただし、ADRセンターでの和解が不調に終わった場合、被害者は改めて東電と直接交渉するか、裁判を通じて損害賠償請求するほかなく、賠償が果たされるまでにさらなる時間がかかることになる。裁判をしても納得のいく賠償金を勝ち取れる保証があるわけではないので、ADRセンターの示した和解案でしぶしぶ妥協する被害者も多い。
まずA社は、加害者である東電が決めたルールに従い、賠償請求をした。A社が受けた損害は、東電のルールに従えば「避難指示区域外」の福島県内で発生した「風評被害」に該当する。A社が11年9月に東電の「補償相談室」に問い合わせたところ、「A社様の所在地(すなわち郡山市)は賠償の対象外となっておりますので、お支払いできません」と言われたのだという。これをそのまま素直に受け取れば、郡山市は風評被害に対する賠償の対象地区ではないということになるが、この補償相談室の担当者の説明は明らかな誤りである。
あくまで「休業補償」は避難区域内の企業等に限るとして、避難区域ではない郡山市等の企業等に対して「休業補償」はしないというのが、東電の決めた賠償ルール。しかし、福島県内の企業等であれば減収分の「逸失利益」を賠償するというのも、東電が自分で決めた賠償ルールなのである。補償相談室の担当者が「休業補償」と「逸失利益」を取り違えて説明した可能性もあるが、それにしても一切賠償しないということにはならない。
いったんはADRセンターに仲介を申し立てたものの、まったく頼りにならないので申し立てを取り下げたA社は、再び東電と直接交渉することにした。そして13年4月、東電が以下の和解案を提示してくる。金額は1471万円。これは、クラブが休業していた11年3月から同年5月までの2カ月半の間についての賠償なのだという。おかしなことに東電は、郡山市内のA社に対して突如「休業補償」すると言いだしたのだ。
だが、原発事故後の半年間だけでおよそ1億1300万円にも達していた「逸失利益」については、「東電ルール」に基づく請求であるにもかかわらず、頑として認めようとしないのである。
自分で決めたルールを覆す――。東電の主張が支離滅裂になり始めた。