10月に東京地裁から破産手続き開始の決定を受け、約2000人に上る従業員が給料未払いのまま即時解雇された船井電機。12月3日付「朝日新聞」記事は、9月に同社社長を退任した上田智一氏が退任直前に同社の経営権を1円でファンドに売却していたと報じた。「朝日」記事によれば、上田氏と同氏が所有する会社が船井電機から借りていた11億円超の返済を免除する旨もファンドとの間で取り交わされていたという。上田氏は2021年に船井電機を買収した秀和システムホールディングス(HD)とその親会社・秀和システムの代表取締役。秀和による買収以降、船井電機から約300億円の資金が流出していたことがわかっており、資金の流れに疑問も寄せられているが、何が起きているのか。業界関係者の見解を交えて追ってみたい。
船井電機をめぐっては異例の動きが進行している。10月に同社は東京地裁から破産手続き開始の決定を受けたが、一般的に同社ほどの規模の大企業は、取締役会など会社としての正式決定を受けて裁判所に自己破産を申し立てるが、同社は準自己破産を申し立てていた。これはなんらかの理由で正式に取締役会の承認を得ている猶予がない場合などに取られる手段であり、一部の取締役のみでも申し立てが可能。
全従業員も即時に解雇され、このまま破産するとみられたが、10月の準自己破産の申し立ての直前に代表取締役会長に就いていた原田義昭氏(元環境相)は、破産手続き開始決定の直後に取り消しを求めて東京高裁に即時抗告。さらに今月2日に会見を開き、東京地裁に民事再生法の適用を申請して受理されたと説明した。原田氏は、準自己破産の申立人は10月に開催された「みなし株主総会」で取締役を解任されており、申し立ての権限を有していなかったと説明した。
「一つの企業からほぼ同時に裁判所に破産の申し立てと民事再生の申請の両方が出されるというケースは聞いたことがなく、裁判所がどのような判断をするのかは分かりません。準自己破産の申立人は船井電機の創業家関係者ということですが、どういう目的で大企業を破産させるという行為を独断で行ったのかは、よくわかりません。ただ、とにかく早く会社を閉じてしまいたい事情があったことは確かでしょうし、代表取締役会長にすら知らせていなかったというのは、穏当ではない意図を持っていたと疑われるに十分です」(弁護士)
純資産518億円から117億円の債務超過に
船井電機は創業者・船井哲良氏が08年に退任後、赤字が常態化して経営が安定しない状況が続いた。17年に船井氏が死去すると、北海道の病院で院長を務める長男は船井電機株の34.18%を相続。長男は複数の投資ファンドなどから株売却の話を持ち掛けられたが、船井電機に株譲渡の意向を示し、これを受け同社は秀和システムと協議し、秀和によるTOB(株式公開買い付け)によって上場廃止となり秀和の傘下に入ることで合意。秀和の上田智一社長が船井電機社長に就任して再建に取り組んでいたとみられるが、今年9月に上田氏は船井電機の社長を退任した。
秀和システムHDによる買収前後の資金の流れには疑問も多い。まず、秀和は船井電機を買収する資金のうち180億円を銀行から借り入れで調達する際、船井電機の定期預金を担保にし、船井電機に保証させるかたちにしていた。LBOと呼ばれる手法だが、最終的に担保は銀行に回収されている。23年、秀和は船井電機の持ち株会社として船井電機・ホールディングス(HD)を設立し、同年に船井電機HDは脱毛サロン・ミュゼプラチナムを買収したが、ミュゼプラチナムへの資金援助が原因で船井電機には33億円の簿外債務が発生。さらに船井電機は船井電機HDに多額の貸し付けを行い、焦げ付きが発生していた。
破産を決定づけたのも、ミュゼプラチナムの買収だとみられている。ミュゼプラチナムが代金未払いで広告会社に対し抱えていた負債について船井電機HDが連帯保証しており、船井電機の9割の株式を広告会社が仮差し押さえするという事態が起きていたという。これらの結果、船井電機からは秀和による買収後、約300億円の資金が流出した。
秀和による買収で船井電機の本業は立て直されるどころか、大きく縮小した。買収前の20年度の時点では、船井電機は売上が804億円、営業損益が3億円の赤字、最終損益が1200万円の赤字で、現預金は344億円、純資産は518億円あった。だが、秀和による買収後わずか3年で負債総額は461億円に膨れ上がり、117億円の債務超過に陥った。昨年度の売上高は3年前の約半分の434億円、最終損益は131億円の赤字となった。
また、船井電機HDの財産等の状況をみると、20年度には518億円あった純資産が、21年の秀和システムHDによる買収を経て23年度には202億円にまで減少。
企業の資金を何らかの目的で使い果たす典型的なパターン
金融業界関係者はいう。
「よくある話とまではいえませんが、秀和の社長が最終的に船井電機の経営権を事実上タダでファンドに譲っていることから考えると、LBOで事実上ノーリスクで一定規模のキャッシュを持つ企業を買収しておいて、その企業の資金を何らかの目的で使い、使い果たしたところで破産させたという典型的なパターンでしょう。資産や売上の規模はそれなりにあるものの、経営が揺らいでいる企業が狙われやすいです。船井電機はカモにされて、船井電機は長年にわたる経営でためたカネを抜き取られたというかたちです。
こうしたケースでは、一つひとつの手続きは違法性が問われないよう全て合法的なスキームで行われていることが多く、法的な責任を追及することは難しいでしょう。あとは、秀和、そして買収後に船井電機の社長を務めてきた上田氏に対して、元従業員や取引先などから背任などを理由として提訴する動きが出るのかどうか、ということでしょう」
船井電機の歴史
1961年にトランジスタラジオなどの電機製品のメーカーとして設立された船井電機が大きく成長する契機となったのが、米ウォルマートとの取引開始だった。1990年代にウォルマートと提携し、全米の同社店舗で船井のテレビをはじめとするAV機器を販売。OEM(相手先ブランドによる生産)供給の拡大やオランダのフィリップスからの北米テレビ事業取得(2008年)などもあり、世界的に名を知られる存在となった。
しかし、好調は続かなかった。2010年代に入ると、徹底したコスト低減による低価格を強みにシェアを拡大させていた船井電機は、海信集団(ハイセンス)やTCL集団など中国勢の台頭に押され業績が悪化。創業者である船井哲良・取締役相談役(当時)は大きく経営戦略を転換させ、北米向けの低価格のOEM供給から国内向けの4Kテレビなど高品質商品を自社ブランドで販売する方針にシフト。16年にはFUNAIブランドのテレビについてヤマダ電機(現ヤマダデンキ)と10年間の独占供給契約を締結するなどしたが、業績は好転せず。21年に秀和システムHDのTOB(株式公開買い付け)を受け入れて上場廃止に。23年に持ち株会社制に移行し、船井電機HD傘下に事業会社の船井電機を置く体制となった。
(文=Business Journal編集部)