こうした経済界の思いを忖度したのか、塩崎恭久前厚生労働大臣は経済界向けのセミナーで「小さく産んで大きく育てる」(当初の年収要件は高いが、いずれ引き下げるという趣旨)と発言し、物議を醸したこともある。もし仮に法律の「3倍」を「2倍」に変えれば、厚労省計算式だと「624万円」になり、中所得層の会社員のほとんどが対象になる。
企画業務型裁量労働制の拡大
高プロ制度は当面は少数の会社員に限定されるが、もう一つの「企画業務型裁量労働制の拡大」は多くの人が対象になる可能性もある。企画業務型裁量労働制とは、会社が1日の労働時間を9時間と見なせば、法定労働時間の8時間を超える1時間分の割増手当は出るが、9時間を超えて働いても残業代が出ない仕組みだ(ただし、深夜・休日労働は割増賃金を支払う)。
現在の対象業務は「企画・立案・調査・分析」を一体で行う人に限られている上に、労基署への報告義務など手続きが煩雑なために導入企業も少ない。それを今回の改正では手続きを緩和し、さらに対象業務を増やした。追加業務は(1)課題解決型提案営業、(2)事業の運営に関する事項について企画、立案調査および分析を行い、その成果を活用して裁量的にPDCAを回す業務の2つだ。
課題解決型提案営業とは、いわゆる「ソリューション営業」のこと。お客のニーズを聞いてそれにふさわしい商品やサービスを販売する営業職だ。具体的には、報告書では「店頭販売や飛び込み販売、ルートセールス」は入らないとしているが、要するにそれ以外の法人営業をしている人のほとんどが対象になる。(2)はわかりにくいが、営業以外の事務系のプロジェクトなどのチームリーダーの役割を担う人である。
こちらは高プロ制度と違って年収要件はない。ということは、入社2~3年目の営業職も入る可能性もあるのだ。ちなみに独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査(2014年6月)によると、現在でも対象者が少ない企画業務型裁量労働制の対象者のなかには、年収300~500万円未満の人が13.3%も含まれている。300万円といえば、20代前半の平均年収に近い。制度が適用されると、この人たちに対して原則として残業代を支払う必要がなくなる。
高プロ制度や裁量労働制の対象者拡大は、会社員にとって長時間労働の増加や残業代削減につながりかねない重要政策だが、今回の衆院選では争点になっていないどころか、自民党の「政権公約2017」でも一切触れていない。働き方改革について「長時間労働の是正」や「同一労働同一賃金の実現」を掲げているのに、高プロなど労働時間規制の緩和については一言も記載していない。