中国、「体面重視」外交で自ら苦境深まる…ムーディーズ、不良債権受け皿会社の格付け見直し
今年3月の米アラスカ州での会談で、米中双方は激しい言い争いを演じた。中国当局はこの出来事を、列強と「辛丑条約(北京議定書)」を締結した当時の清国と比較した。北京議定書とは、1901年9月に北京で調印された日本を含む欧米列強と清国との間で締結された取り決めのことである。その内容は義和団事件に端を発する戦闘の事後処理に関するものだが、清国にとって屈辱的なものだった。当時の清国と異なり、現在の中国は劣勢ではなく、堂々と対抗できる存在になったことをアピールしたわけだが、これにより中国全土でナショナリズムが高揚したとされている。
しかし、こうした国家の利益よりも国家の尊厳を優先する「体面」重視の外交が、清国末期の「二の舞」を演じることになるのではないかとの懸念も頭をもたげている(4月7日付中央日報)。
4月12日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「3月のアラスカ会談で中国側はトランプ前政権の対中政策を撤回するよう求めた」と報じたが、中国側の猛烈な非難を浴びた米国側は態度を硬化させ、話し合いは物別れに終わった。その後、ブリンケン米国務長官は各国を歴訪し短期間のうちに「対中包囲網」を形成したが、中国側はこの動きを「新八カ国連合軍の結成」と呼んで警戒している。八カ国連合軍とは義和団事件を制圧するために列強が中国に派遣した軍隊のことである。
「米国には高いところから見下すように中国にものを言う資格はないし、中国人はその手に乗らない」と啖呵を切ったことで男を上げた楊国務委員だったが、妻と娘はニューヨーク州に在住し、2億円の高級コンドミニアムで優雅に暮らしていることが暴露され(4月14日付文春オンライン)、その体面に大きな傷が付いた。
米国、台湾をパートナーに格上げ
体面を前面に打ち出す中国に対し、米国の警戒感は高まるばかりである。米情報機関は13日、米国の安全保障に対する世界の脅威についてまとめた年次報告書のなかで、「世界の強国を目指す中国の取り組みが最大の脅威だ」との認識を示した。バイデン政権は14日、限られた資源を対中シフトに振り向けるため、アフガニスタン駐留米国の全面撤退を決断した。
米中の覇権争いが激化するにつれ、台湾の存在価値がこれまでになく高まっている。バイデン政権は13日、アーミテージ元国務副長官をはじめとする3人の要人を非公式代表団として台湾に派遣した。米国は1979年に台湾と断交して以来、「一つの中国」を唱える中国の体面に配慮し、台湾との間で高官の往来を自粛してきた。
かつて台湾の戦略的価値は、沖縄-台湾-フィリピン-南シナ海とつらなる「第一列島線」の中心という地政学的な色彩が強かった。米国の代表的な地政学者であるミアシャイマー・シカゴ大学教授は2014年に「さようなら台湾」と題する論文を発表し、「台頭する中国を前に米国はいずれ台湾を防衛することはできなくなるだろう」と予測していた。
だが、「台湾を統一するためには武力行使も辞さない」という体面を一向に崩そうとしない中国のおかげで、台湾は、地政学的価値に加えて、ITをはじめとする高度な技術力、さらには民主主義や人権という共通の価値観を有する米国にとってのアジア地域における主要なパートナーのひとつに格上げされたのである。
金融市場全体のシステミックリスク
体面にこだわる中国の姿勢は経済面でも同様である。4月に入り、中国はデジタル通貨の運用を開始した主要経済国で最初の国となった。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、抽選で選ばれた75万人がアプリを使ってオフラインとオンラインの両方でデジタル人民元を使えるようになり、スターバックスやマクドナルドなどの飲食大手はデジタル人民元での支払いを受け入れたという。デジタル人民元の流通は「銀行離れ」を回避するため、中央銀行である中国人民銀行からデジタル人民元が商業銀行に配布され、商業銀行はこれを利用者に届ける責任を負うかたちとなっている。
中国のこのような動きに対して、米国では「ドルを脅かすものはすべて国家安全保障上の問題であり、デジタル人民元は長期的に見ればドルを脅かす存在だ」と警戒する声が高まっている(4月12日付ブルームバーグ)。
体面を保つために世界で初めてデジタル通貨を発行したのにもかかわらず、中国国内の金融市場の動揺が災いして人民元はこのところ軟調で推移している。中国人民銀行は4月上旬、今年1~2月の融資急増がバブルリスクをあおったとして、年内の融資の伸びを抑制するよう、国内の主要銀行に求めた。不良債権の膨張リスクへの警戒感がその背景にある。
中国当局はさらに苦境に陥っている地方政府の資金調達事業体について「債務の返済ができなければ再編または破綻すべきだ」との考えを示したことで「公的セクターでのデフォルトが迫っている」との観測が出ている矢先の13日、中国最大の不良債権受け皿会社である中国華融資産管理の社債価格が急落した。昨年の決算発表を延期したことを受け、格付け会社大手ムーディーズとフィッチが同社の信用格付けを見直していることが災いした。
中国華融資産管理は債務再編の回避のため非中核部門の売却を進めようとしているが、政府は232億ドル規模の支援を行わない限り、経営破綻するとの見方が広がっている(4月16日付ブルームバーグ)。破綻すれば、当局の面目(体面)丸つぶれだけではすまされない。金融市場全体のシステミックリスクに発展する可能性がある。
このように体面重視の姿勢を改め「不都合な真実」に向き合う時期が到来しているのだが、残念ながら現在の中国指導部にそれができるとは思えない。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)