「マーケット」関係者の安堵
とはいってもこの1年以上、金融政策でさらなる緩和をとることなく、いたずらにインフレ目標の達成を先送りにしている。インフレ目標の達成で「デフレ脱却」を使命として任命された総裁としては決定的にまずい。
また黒田総裁は国内の銀行や国債市場関係者などのいわゆる「マーケット」(市場の意味ではなく、単なるごく一部の利害関係者)から人気がある。「マーケット」関係者や日銀内部からは安堵の声もあるという。その背景は、いわゆる出口政策を早期にとるという期待か、あるいは単に情報がとりやすくなっているという思惑によるのだろう。
出口政策とは、デフレ脱却が完了して、インフレ目標が安定的に維持できたときに初めて行われるのが普通の理解だ。だが、ここ1、2年、そんな常識を無視して、「マーケット」関係者からは出口政策を望む声が高い。簡単にいうと、日本経済がどうなろうと、「マーケット」関係者が利益を得ればそれでいいのだろう。
ただし国外の投資家などからみれば、黒田総裁続投は消極的なシグナルになっているかもしれない。黒田続投が伝えられてから、株安に加えて、円高が加速した。為替レートは金融政策のスタンスに左右されやすく、円高基調ということは日本銀行が追加的な金融緩和に消極的とみなされているのだろう。このこと自体は日本が本格的なデフレを脱却するには当然大きな重荷である。
若田部氏起用の意味
副総裁人事について簡単にコメントしておく。日本銀行の執行部(総裁・副総裁)での議論は表に出ることはないが、執行部の意見は一体となって政策委員会(日本銀行の金融政策を決めるところ)などで表明されている。言い方をかえると、副総裁が執行部内での意見のとりまとめを無視して、他の審議委員が加わる政策委員会で総裁と違う意見を表明することはかなり難しい。副総裁はあくまでも総裁のサポートである。もちろん執行部内はもちろん、政策委員会の場で議論をリードするなど積極的な「対話力」が期待できる面もある。
その意味では、副総裁候補の 若田部氏は、個人的には30年以上にわたる知友であり、その闘志・「対話力」、さらにはリフレ派のなかでも屈指の国際的な学者として期待するところはある。国際派と書いたが、若田部氏は15年に今もアベノミクスの評価をする際に海外の研究者たちが参照にする著作『日本の大停滞とアベノミクス』(マクミラン社:原文は英語)という英書を出版している。そこには日本の大停滞の原因が日銀の政策のミスであること、なかなか政策が変更できないのは、政策当事者やマスメディアなどの「知識」が歪んでいるという独特の見解を提起している。この成果は、今後の若田部氏の貢献を考えていく上では重要である。英語の専門書なのでマスコミも含めてこの貢献への注意が少ないのであえて書いておきたい。