では、なぜ保護主義が台頭するとドル高になる可能性が出てくるのだろうか。カギを握るのは金利動向である。
もし米国が輸入制限のような措置を実施して、これを継続した場合、米国の輸入は減少する。相手国による報復措置などで米国の輸出も減少する可能性もあるが、米国が圧倒的な輸入大国であることを考えると、輸入減少の割合のほうが高いだろう。
一方で、米国経済は堅調に推移している。米国は先進国では数少ない人口増加国であり、今後も着実な需要の増加が見込める。また、ロシア、サウジアラビアを抜いて世界最大の石油産出国となっており、自国で必要とするすべてのエネルギーを自給できる。さらに言えば、米国は世界屈指の食料輸出国であり、農作物の供給力もケタ外れだ。
つまり米国は、巨大な島国として、貿易に依存せず経済を回していく基礎体力を持っている。
このような国が輸入制限に踏み切ったとしても、それによって国内経済がすぐに萎縮する可能性は低い。そうなると、どのような現象が起こるだろうか。
政府が強制的に輸入を制限した場合、これまで輸入に頼っていた製品やサービスは、国内産に切り替わることになる。長期的にはともかく、短期的には国内の所得を増やすことになり、GDP(国内総生産)の押し上げ効果を持つはずだ。
結局は元の状態に戻ってしまう?
そうなってくると、国内での貨幣需要が増し、金利が上昇しやすくなる。米国はすでに量的緩和策から脱却しており、金利の上昇フェーズに入っている。この状態で国内需要が増せば、金利上昇に拍車がかかる可能性が高い。金利上昇はドル買いを誘発するので、逆にドルが買われ、円が売られる可能性も出てくるのだ。
中国など貿易相手国から見ても状況は同じである。米国に対する輸出が減れば、輸出の対価として受け取るドルも減る。自国通貨に両替するためのドル売りも減少する可能性があるので、やはりドル高要因となる。
「保護貿易=円高」とは、短絡的に考えないほうがよい、といったのは、そういった理由からである。
しかしながら、話はこれだけでは終わらない。ドル高になった米国経済は、その後、どのような動きを見せるだろうか。ドル高になると、米国にとっては輸入品が安くなるので、これまで以上に輸入を増やしたいとの力学が働いてしまう。仮に中国に対して輸入制限をかけ、特定の商品の輸入が減ったとしても、企業は別の製品を輸入に切り替えるだろう。
そうなってしまうと、貿易を全面的に制限しない限りは、輸入が増えてもとの状態に戻ってしまうので、ドル高もそれ以上は進まない可能性が高い。為替は大きな影響を受けず、本来の為替変動要因である二国間のインフレ率で最終的なレートが決まってくる。
結局のところ保護貿易を実施しても結果はあまり変わらないという話だが、少なくとも、単純に円高というイメージだけでは動かないほうがよいことは、おわかりいただけると思う。
米国が輸入制限を行った場合、為替よりも企業経営や国際的なマネーの流れに大きな変化が生じる可能性が高い。たとえば、日本企業に対して、なんらかの貿易制限がかけられた場合、日本側は米国からのエネルギー輸入を増やすことで赤字を解消するといった施策を打つことになる。
そうなった場合、中東などからの原油の輸入が減少し、原油価格にも影響が出てくるが、市場参加者にとっては、むしろこちらのほうが由々しき問題かもしれない。
(文=加谷珪一/経済評論家)