実は前述の「最終報告書」では触れられていない、2つの法律事務所から取得した意見書が存在する。最終報告書がまとめられた前年の2014年6月に取得したもので、それらはいずれも深センでの取引や契約が贈収賄関連法令に違反するリスクを指摘しているが、オリンパスの最終報告書はそれらの存在を無視して「問題ない」との結論を導いている。
経緯が複雑なので順を追って説明すると、以下の経緯になる。
・14年に2つの法律事務所から法令違反の可能性が高いとする意見書を取得
→翌年にはこれらの存在を無視する最終報告書がまとまる
→17年にはOCAPマネジャー主導で3つの法律事務所が報告書を作成
社員弁護士の難詰はOCAPマネジャーの異動にも及ぶ。以下文面のメールを17年12月15日にCCOに送付した。
「CCOとして、このタイミングで○○さん(OCAPマネジャー)の異動は報復人事ではないと認めるのですか? あなたはこの状況下で本気でそう言っているのですか? 私はからかって言っているのではないのです」
5日後の12月20日、オリンパスはついに強硬手段に出た。法務部長の名前で「メール利用停止について」と題した書類を突きつけ、社員弁護士がメールサーバーにアクセスできなくした。社員弁護士が社外取締役たちに通知書を送りつけ、上司がそれをやめるように命じたにもかかわらず、多数の幹部社員にも通知書を拡散させたのが理由である。メールの送受信ができなくなった社員弁護士は、唯一の武器が封じられたことになる。
前代未聞の提訴に発展
社内ではこれがちょっとした騒ぎになったらしい。その日、匿名のオリンパス社員から「FACTA」編集部に痛切なメールが届いた。
「(この騒ぎは)他の部にも伝わっているようで、数百人がみているようです。お恥ずかしい限りですが、お力をお貸し下さい」
この匿名メールと前後して、「FACTA」編集部の郵便受けにはA4サイズの封筒が届けられた。封筒にはオリンパスのロゴが印刷されているだけで、送り主の名前も消印もなく、宛先すら書かれていない。誰かがこっそり投函し、何も告げずに去って行ったようだ。
資料はその日のうちに「FACTA」編集部から筆者に送られてきた。それは社内でやりとりされたメールや内部資料をプリントしたもので、息を呑むような暗闘の模様が克明に記されている。字句はもちろん行間からも、どす黒い迫力が隠しようもなくにじみ出ていた。
年が明けてしばらく経った頃、社員弁護士はまた新たな手を繰り出した。公益通報者保護法違反などを理由に、オリンパスと人事部長、総務部長を相手取って東京地裁に訴えを起したのである。法曹界に詳しい関係者によると「企業内弁護士が自分の勤める会社を訴えるなんて聞いたことがない」とのことだ。
(文=山口義正/ジャーナリスト)
●山口義正
ジャーナリスト。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞記者などを経てフリージャーナリスト。オリンパスの損失隠しをスクープし、12年に雑誌ジャーナリズム大賞受賞。著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)