有名プロ野球選手も多数常連の「聖地」居酒屋あぶさん、30年以上ずっと繁盛の秘密
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
東京・四谷三丁目の古いビルの地下に「居酒屋あぶさん」という店がある。開業は1986年6月30日で、まもなく32年の歴史を刻む。昭和末期にオープンし、平成の30年間も人気店であり続けてきた。今でも、特に週末は予約しないと入れないほどだ。
この店は “野球居酒屋”として有名だが、個人店(個人経営の店)で店舗も1店のみ。開業当時と基本路線は変わらない。多くの飲食店は、時代に合わせて、業態や店内イメージを変えたりして生き残りを図るが、ほとんど変えることなく、競争の激しい新宿区という立地で、人気を維持してきた。
なぜ、それができたのか。店主は「無我夢中でやってきた」と言うが、ビジネス視点でみても人気店の要素を満たしている。店の横顔を紹介しながら考えてみたい。
「野球居酒屋」としてのキャラ立ち
以前も本連載で紹介したが、筆者は「飲食店」の機能は大きく次の2つに分かれると考えている。これを基に同店の特徴を見てみよう。
(1)「基本性能」=飲食の味、場所の提供
(2)「付加価値」=その店ならではの独自性
「居酒屋あぶさん」の強みは、“野球居酒屋”としてのキャラの濃さ(=圧倒的な付加価値)だ。店名は、野球マンガで有名な『あぶさん』(1973~2014年「ビッグコミックオリジナル」<小学館>で連載)から名づけられ、著者の水島新司氏による“公認店”だ。その経緯は後述するが、店で使う皿にも、マンガの主人公・景浦安武選手の顔が使われている。
店内には野球関連グッズも多い。往年の名選手のサイン入りユニフォームやバット、グローブ、ヘルメット、写真入りの色紙などがずらりと置かれている。ガラステーブルの中にはボールや手袋もある。球団名はさまざまで、作中で景浦選手が“活躍”した、南海ホークス、福岡ダイエーホークス、福岡ソフトバンクホークスのファンだけでなく、プロ野球ファンなら誰でも楽しめる演出だ。
飲食メニューの味は、筆者や仕事仲間の間では好評だが、飲食店の評価サイトを見ると「よくある居酒屋メニュー」という声も目立つ。唐揚げ、焼きうどん、シーフードピザなど、ビールに合うメニューが多い。もちろん、玉子焼き、枝豆といった定番メニューもある。ガツンと飲食したい人に向く店だ。