有名プロ野球選手も多数常連の「聖地」居酒屋あぶさん、30年以上ずっと繁盛の秘密
野球ネタを肴に「語る」店
「場所の提供」としての世界観も、この店の強みだろう。特に地方在住の野球ファンは、東京出張の際に必ず立ち寄るという人も多い。そうした人たちには“聖地”的な存在だ。かつて地上波で放送されていた『プロ野球ニュース』(フジテレビ系)でロケ地になったこともある。
もともと居酒屋という業種の特徴だが、お客はあちこちで談笑する。ただし、店の性格上、圧倒的に多いのが野球ネタだ。試合のある日はテレビ放送があり、試合のない日も、過去の名試合や名場面のビデオが流れる。それを見ながら一喜一憂するお客も目立つ。
取材日に、たまたまお客として来ていた田中将之氏(岩手県出身で都内在住/グラフィックデザイナー)に話を聞いた。
「千葉ロッテマリーンズファンの私にも、とても居心地のよい店です。面識のない人でも野球を通じて親しくなれ、ひいきチームが違っても関係ない。仕事が落ち着くと通っています」
楽しみ方はそれぞれなので、何を会話しても自由だが、年齢や世代、性別を超えた共通言語は、やはり「野球ネタ」だ。「自分でやるスポーツ」としては、急速に競技人口が減っている野球だが、この店は野球関連を肴に「語る」人が多数集まる。ちなみに、サッカー日本代表の重要な試合日であっても、店内のテレビは野球の中継か、野球のビデオが流れている。
店主は各座席を回り、交流する
だが、これだけでは30年も客足が途絶えない理由とはならない。筆者は次の3点がポイントだと考えている。
(1)お高くとまらず、「気軽な居酒屋」であり続ける
(2)チームは関係なく、プロ野球から草野球まで「全方位外交」
(3)店主が各座席を回り、交流に努める
それぞれ簡単に説明しよう。(1)は、シーズンオフには有名野球選手も訪れるが、特別扱いはしない。ふと気づくと、すぐそばに選手がいることもあり、毎年、プライベートの飲み会をここで開催する有名選手もいる。お客も心得たもので、基本的には立ち入らない。
(2)は、店名とは裏腹に、オーナーの石井氏は巨人ファン、正確には長嶋茂雄氏のファンだ。そして江川卓元投手のファンでもある。開業日の「30日」は、当時現役だった江川氏の背番号にちなんだ。また、オリックス・バファローズの福良淳一監督は、石井氏の母校(宮崎県立延岡工業高校)の後輩であり、福良氏の所属する球団をずっと応援する。ただし、それはそれとして、野球好きであればウェルカム。どのチームのファンであっても、店で肩身の狭い思いをすることはない。
(3)は、春季キャンプ地訪問など特別な事情がない限り、店主は毎日、店にいる。そして各座席を回り、挨拶に努める。これは昔も今も変わらない。野球の話であれば、MLB(米大リーグ)、NPB(日本プロ野球)から大学野球、高校野球、草野球まで、なんでも語れる店主に会うために、お客が顔を出すことも多いようだ。