吉野家HDは、プロダクト・ポートフォリオの分散よりも、集中を重視した。同社は牛丼のうまさ、提供のスピード(早さ)、安さにこだわったのである。牛丼にこだわった理由は、コストを徹底的に抑えるためだ。まず考えられるのが、牛丼の材料である牛肉の仕入れコストを抑えることだ。そのために、同社は米国産の牛肉にこだわった。当たり前だが、大量に仕入れを行ったほうが買い付け価格を抑えることができる。さらに、仕入れた後の物流のコストを抑えるためにも、提供するメニューの数は少ないほうが良い。
また、牛丼を軸にした商品開発は、客の回転を高めるためにも重要だ。複数のメニューを提供するよりも、数を絞ったほうが効率は良い。「吉野家」を利用する消費者が求めることは、いつも同じ味で、早く、安く牛丼を食べることだ。「吉野家」に、ゆっくりと時間をかけて食事を楽しむ環境の提供を求めている人は少ない。限られた店舗を最大限に活用して収益性を上げることを追求した結果、吉野家HDは牛丼にこだわり続けた。それがデフレ環境下での高収益の実現を支えた。
非正規雇用労働者の取り込み
もうひとつ吉野家HDの成長を支えた要素がある。それが、非正規雇用労働者の増加だ。それは、同社が低価格で牛丼を提供するために欠かせない要素だった。
1997年、わが国では金融システム不安が発生した。金融システム不安の発生は、男性であれば大学を卒業して有名企業に入社し、年功序列に従ってより多くの賃金を手にし、定年まで勤めあげるという従来の成功のモデルの行き詰まりを象徴していた。それは、わが国の“幸福のモデル”がワークしなくなったことと言い換えてよい。
それに呼応して、97年ごろから非正規雇用労働者の割合が増え、正規雇用労働者の増加は頭打ちとなった。これは、企業が人員調整のために派遣社員やパートタイマーの確保を重視し始めたことを示している。
そのなかで、吉野家HDは有力な非正規雇用労働者の受け皿になってきた。同社は非正規雇用労働者を中心に店舗運営を行うことで人件費の膨張を抑えてきた。マクロレベルで賃金の増えづらい状況が続いたことを自社の強みに変えたのである。
それは2001年以降の牛丼の値下げを支え、吉野家のファン獲得につながった。当時、吉野家の売上高営業利益率は10%程度の高水準を維持した。このように考えると、吉野家はデフレという経済環境を的確にとらえ、それに合ったビジネスモデルを構築することに成功した企業だ。