そのほかにも重要と考えられる取り組みがある。同社が非正規雇用労働者から正社員への転換を積極的に行ってきたことは、多くの人を引き付けた一因だろう。この制度は、現場で得られた店舗運営のノウハウを収集し、よりよい接客や消費者の欲する商品開発を進めることに重要な役割を果たしたと考えられる。また、同社の成長の基盤を整備した安部修仁前社長、同氏の後を引き継いだ河村現社長もアルバイトとして同社で働いた経歴を持つ。経営者が店舗運営の現場を理解していることが同社の成長を支えたとの見方もある。
限界迎えるビジネスモデル
しかし、国内経済の回復が進むなかで吉野家HDは競争力を失いつつある。牛丼に的を絞った商品戦略と、非正規雇用労働者の活用によるコスト抑制だけでは、外食産業市場のなかで優位性を発揮することが難しくなっている。それは同社のビジネスモデルが限界を迎えていることといってよい。
背景には、景気回復を受けて人々の心理に余裕ができてきたことがある。つまり、多少の贅沢をするゆとりができたということだ。同社よりも多様なメニューをそろえる「すき家」(ゼンショーHD傘下)などが人気を集めているようだ。過去5年程度の株価上昇率を見ても、ゼンショーHDは吉野家HDを上回っている。
さらに吉野家HDの経営の重石となっているのが人件費の上昇だ。足許、わが国の有効求人倍率は1.63倍に達し、労働市場はひっ迫している。中小企業のなかには、必要な労働力を確保できず、倒産に追い込まれるケースもある。
そのなかで労働力を確保するためには、賃金を積み増さなければならない。それが同社の販売費及び一般管理費を増加させている。その結果、18年3~8月期、吉野家HDの営業利益は5500万円だった。これは前年同期に比べ約21億円少ない。最終損益は8億5000万円の赤字となった。
同社は傘下の「吉野家」と「はなまるうどん」などと共同した値引きチケットの販売や、配膳のセルフ化によって挽回を目指している。ただ人件費の上昇圧力が残るなか、そうした取り組みが消費者の満足感の充足と低価格戦略の維持・強化に寄与するとは考えづらい。当面、同社の業績懸念は高まるだろう。
先行きに関する懸念を払しょくするために、吉野家HDは新しい取り組みを進めなければならない。価格帯の高い事業への取り組みはそのひとつだ。メニューの拡充も従来以上のスピードで進められるべきだ。
吉野家HDはデフレ経済のなかでも成長を実現してきた。それは多くの人がリスクテイクに過度に消極的になるなか、低価格の実現にこだわったからだ。足許、人々の食生活にも変化が現れている。健康志向の高まりや、ひとりでの食事などライフスタイルは変化している。その変化に注目しつつ、駅前店舗などの好立地を生かすことで吉野家HDが需要を生み出すことはできるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)