そうしているうちに赤字垂れ流しだったその施設は、半年後から黒字が出るようになりました。感触をつかんだ友人はほかの案件が持ち込まれたら、ただ一点、「目がキラキラしていて、性格がいい」介護士がいるかどうかだけを基準に、いくつかの施設を買い取り、同じ手法で再生していきました。そして、最初の案件への着手から3年ですでに10施設を運営するまでに成長しました。
シンプル過ぎるほどシンプルな話ですが、この話には重要な視点が隠されていると私は思います。
提供者側の企業ではなく、需要者側である利用者の視点で介護のビジネスを見てみましょう。
介護サービスの値段はどこへ行っても同じです。それならば利用者はサービスレベルが高いほうを選ぶのが当然です。一般的なサービスであれば、レベルが高いほど高価で、低いほど安い。そこで、需要と供給のバランスが取れています。しかし、サービス価格が統制されている介護事業の場合は、よいサービスに需要が集中します。優れたサービスを提供する施設は、「介護報酬と従業員の給与の差額×稼働時間いっぱい」まで利益を出すことができます。利益が出れば、よりサービスレベルを高めるために投資することができます。そうすればさらに利用者が集まってきます。一緒に働いて気持ちのよい人材が集まっていて、職場環境もよい施設であれば、さらによい介護士が集まる、という好循環が回り出します。
介護事業は一般論としては厳しいビジネスです。しかし、そんな環境のなかでもちょっと視点を変え、人を活かすことでビジネスを成長させることができるということなのです。
もうひとつ、例をご紹介します。
髪を切れない理容室チェーンのオーナー社長
これは、私の先輩経営者で、関西で理容室をチェーン展開している方の話です。現在は御年70歳を超えてリタイヤしていますが、彼の父親が戦後に開いた理髪店の後を継ぎ、その地域で一大チェーンをつくり上げました。お会いするといつもニコニコしていて、まさにお大尽と呼ぶにふさわしい人物です。
周りの人からは「リーダー」と呼ばれ、その方の名前を冠したゴルフコンペがコース貸し切りで定期的に開催されるほど、慕われています。そのコンペに参加すると、もう3メートル歩くごとに挨拶です。「いやぁ、ご無沙汰してます」「最近どうですか」「この前はありがとうございました」。コースの従業員とも全員挨拶をかわします。
挨拶する時は、彼はまず相手の名前を呼び、前回会った時の話もきちんと全部覚えています。その間、ずっと笑顔を絶やしません。
一度食事に連れて行ってもらった時に、「ビジネスで成功できたのはなぜだと思うか」という質問してみました。するとこう答えました。
「商売は人だよ。人が喜んで働いてもらうこと以外にあり得ない。もちろん、商売の形を考えるのは自分の役目だ。たとえば、24時間営業にして、ほかの店よりも早く安くカットする、なんてことを考えたのは自分だけど、実際にお客の髪を切るのは社員のみんなだ。自分は理髪店を経営しているけど、一度もハサミを持ったことがない。資格も持っていない」
これだけの事業を展開している経営者が資格を持っていないとは私も驚きました。でも、そのほうがうまくいくのだといいます。
理由は、切るのはプロである社員の仕事で、自分の仕事は、プロに満足して働いてもらうことだといいます。それには、会社の取り分を少なく、従業員への配分を多くすることが不可欠だといいます。
この会社の特徴は、まず店長の給料が業界で一番高いことです。決して給料だけが大事だとは思いませんが、給料は一番わかりやすいといえます。儲かる仕組みを全員で考えながら、給料が上がる仕組みをつくればがんばるし、辞めない。実力があれば独立したいと考えるスタイリストもいますが、理髪店チェーンは規模が大きいから仕入れコストも安い。だから、社員も独立するより、この人と一緒にやったほうが儲かる、ということなのです。
ビジネスの基本的な考え方は、現在のチェーンの元となった理髪店を始めた父親から教わったといいます。
「学校の勉強はしなくてもいいから、今のうちから商売の勉強をしておけ。商売の勉強というのはな、いいか、金の数え方や髪の切り方を学ぶことじゃないぞ。どうしたら人がついてくるかを考えよ。人に好かれるとか、人に任せるとか、そういうことを今のうちから勉強しておけ」と、ことあるごとに教えられたといいます。
とはいえ、商売が大きくなってくると、まったく勉強しないというわけにはいかないのではないですか、と私は尋ねました。すると、こう答えました。
「それはね、勉強が得意な人にお願いすればいいだけの話だ。弁護士、会計士、税理士など勉強ができる人はたくさんいる。彼らに本当に自分のためにがんばろう、と思ってもらわないといけない。だから、自分も本当に彼らのためにがんばろうと思って仕事をお願いするんだ」
経営者の仕事はビジネスモデルを考えることと、優秀な人が集まり、それを維持する仕組みをつくり、運営していくことだということです。
(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)