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「加谷珪一の知っとくエコノミー論」

だから富士フイルムのゼロックス買収は頓挫した…日本企業が海外M&Aで失敗する理由

文=加谷珪一/経済評論家

 富士フイルム側はゼロックスに対して、買収を一方的に破棄するのは契約違反だと主張して10億ドルの損害賠償請求を行ったが、事態は好転していない。

 古森氏は「買収を断念したわけではない」とも述べており、条件が整えば、再度、買収に踏み切る可能性も示唆している。ただ、ゼロックスの業績は悪化しており、株価も下落の一途を辿っている。業績の悪化で買収金額が安くなるというメリットもあるが、買収後に実施するリストラの難易度はさらに上がったと見てよいだろう。

M&Aは相手があって初めて成立する

 今回の買収がスムーズに進まなかった最大の理由は、富士フイルムだけが得をするスキームに同社がこだわり続けたからである。キャッシュアウトがないM&Aを実現できれば、手元に資金が残るので、それをリストラの費用に充当することもできるし、別のM&Aに回すこともできる。

 だが、M&Aというのは相手が存在して初めて成立するものであり、一方の要求だけではまとまらない。ゼロックスの株主にしてみれば、丸ごと買収されてしまった場合には、今後、長期にわたって株を保有し続けることによって得られる期待収益をすべて失うことを意味している。相応の対価がなければ、買収に応じる可能性は低い。

 グローバルなM&Aでは企業を丸ごと買収する場合、既存株主にかなりのプレミアを支払うのが常識となっており、こうした条件をクリアしないスキームは市場では相手にされない。しかもゼロックスは近年、業績が低迷しているとはいえ、かつては米国を代表する名門企業だった。

 こうした企業を外国の企業が丸ごと買収する場合には、あらゆるステークホルダーへの配慮が必要となる。この話は日本の名門企業が外国企業に丸ごと買収されるケースを考えれば想像できる話だ。カルロス・ゴーン元会長の逮捕で揺れる日産は、株式の43%がルノーの手に渡っただけで、多くの衝撃を日本人に与えた。ゼロックスのケースが日産と同じとは言わないが、既存株主への配慮を欠いたことだけは間違いない。

試行錯誤でノウハウを蓄積するよりほかない?

 日本に限らず、海外M&Aは国内M&Aと比較して失敗する確率が高いことが知られているのだが、とりわけ日本企業には海外M&Aの失敗事例が多い。もっとも多いのは、買収金額が高すぎて採算が合わないというケースである。

 日立製作所が米IBMからハードディスク事業を買収したケースや、東芝が米国の原子力企業であるウェスチングハウスを買収したケースが典型的だが、買収を急ぐあまり、高い金額で交渉を妥結してしまうケースが多い。この場合、相手には高い金額を払っているので、感情的な問題はほとんど起きないが、買収した後に、日本企業側が苦労することになる。

 日立は何年もかけてリストラを行いようやく同事業の売却に成功したが、東芝の場合には、これが会社の屋台骨を揺るがしてしまった。

 今回のケースはこれとは逆に、日本側の利益を優先しすぎたというパターンである。価格が高すぎれば損失を被ってしまうし、買いたたき過ぎれば契約が成立しない。バランスを取るのが非常に難しい世界だが、市場の中で揉まれることで、こうした勘所をつかんでいくしかM&Aのノウハウを高める方法はないだろう。
(文=加谷珪一/経済評論家)

加谷珪一/経済評論家

加谷珪一/経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)、『中国経済の属国ニッポン、マスコミが言わない隣国の支配戦略』(幻冬舎新書)などがある。
加谷珪一公式サイト

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