日本のクラシック音楽に絶大な貢献をした「子供のためのオーケストラ鑑賞教室」の凄み
クラシックを普及させた教育プログラム
実は、日本でのオーケストラ創成期も同じ状況でした。現在では日本のあちらこちらでオーケストラや室内楽、ソロコンサートが毎日開催されており、「音楽が無ければ生きられない」という観客の方々もたくさんいらっしゃいますし、実際に演奏する人間もプロ、アマを問わず、ものすごい数です。
しかし、明治維新で鎖国が解かれるまで西洋音楽を聴いたことなく、日本の音楽で満足していた大衆に、西洋音楽の良さを伝えることから始めなくてはならなかった先人たちの苦労は、大変なものだったと思います。何よりも、プロのオーケストラは、演奏することでお金を稼ぎ、生活をしなくてはならないわけですが、その前にまずはクラシック音楽のすばらしさを伝えて、音楽好きの聴衆をつくることから始めなくてはなりませんでした。
さて、キッコーマンの駐在員と同じく、苦難の道のりだったのですが、日本のオーケストラにとって大きなアイデアが生まれました。それは、「子供のためのオーケストラ鑑賞教室」というコンサートです。つまり、子供の頃から音楽に親しんでもらえれば、その子たちが大人になったら音楽会に来てくれるだろうとの見立てです。さらに、子供の情操教育にも有効であると、都道府県や市区町村、教育委員会の役人を必死で説き伏せて予算を取り付け、鑑賞教室という日本独特の演奏形態をつくり上げました。
ちなみに、海外にも教育プログラムは存在しますが、どちらかというと、もともと持っている自分たちの文化をしっかりと伝えようという側面が強いので、日本の鑑賞教室のほうが、はるかに役割が大きいと思います。
たとえば、僕の出身地の京都では、小学校の6年間に2度、コンサートホールで京都市交響楽団の鑑賞教室を体験できました。その内容も、初めてオーケストラを聴く子供向けに楽器紹介から始まり、テレビアニメのワンフレーズや、聴きやすいクラシック音楽など盛りだくさんで、僕も夢中になってしまい、挙句の果てには指揮者になったのでした。
こういった教育プログラムは、地方自治体や文化庁の予算で、日本各地で盛んに行われており、オーケストラの重要な財源にもなっています。コンサートホールだけではなく、小・中学校に出かけて行き、体育館や講堂で演奏することもよく行われています。
そして、本格的なプログラムを演奏する定期演奏会を、何十年前にわくわくしながら初めてオーケストラを聴いた“元少年少女”たちが、今もなお胸を高鳴らせながら聴いてくださっているのでしょう。
(文=篠崎靖男/指揮者)