果たして、思い通りに金型を磨き込めるか。ブレイクスルーとなったのは、クレイモデラーが“ご神体”を制作する姿である。クレイモデラーはご神体に命を吹き込むかのように、リフレクションを通したい方向へと面を磨いていた。これを金型の磨きに応用したのだ。
生まれたのが、「魂動磨き」である。それによって、キャラクターラインに合わせて面の連続性を出せるようになった。
課題はまだ残されていた。砥石である。美しい仕上げ面と正確な寸法仕上げには、よい砥石が欠かせない。では、よく削れる砥石がよい砥石なのかというと、そうとは限らない。市販の砥石は、一擦りで7ミクロンから8ミクロン削れる。しかし、必要以上に削ってしまっては、デザイン面を痛めてしまう。微妙な磨き性能が求められるのだ。砥石は、「砥粒」「結合剤」「気孔」の3つの組み合わせからつくられる。砥石に求める磨き性能を持たせるには、3要素をどう組み合わせるかがカギとなる。
「最初、広島の砥石メーカーは全然話に乗ってくれんかった。愛知の砥石メーカーが既製品をもってきたけど、ダメだった」
金型製作部は、独自の砥石の開発に踏み切った。
「砥石の3要素の組み合わせを示し、砥石メーカーと共同開発した」
できあがったのが、5ミクロンの精度で磨くことのできる「魂動砥石」である。「勝手に名前をつけさせてもらった」と、橋本は胸を張る。
また、狙い通りの光のリフレクションの再現を確認するために、金型製作部は2016年、「ゼブラ投光器」を導入した。20本以上の蛍光灯が車体にシマウマ柄の曲線を映し出す。「ゼブラ投光器」を使って、デザインのCADデータと照らし合わせ、確実にデザイン面通りのリフレクションが再現できているかどうかを確認する。
「ラインの流れを見ながら、完璧になるようにやっていく」
金型の仕上げ工程は、文字通り匠の世界だ。手仕上げだけで連続した曲面形状をつくり出す。こちらも“神業”といっていい。かつて、一人前の金型職人になるまでには10年かかった。さらに匠の域に達するには、30年の経験が必要とされる。マツダには、金型の仕上げに携わる70人のうち、神の手を持つとされるトップクラスが4人いる。求められるのは、10年に満たない若手の技能力を高めることだ。
「匠と称する技をもつ超ベテランは、ツボを押さえているというか、ある種独特の技能がある。そういう人をもっとつくらにゃいかん。だから、勘とコツの領域を要素分解して、どういう訓練をすればいいかに踏み込んでいる」