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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」第50回

クラシック・オーケストラ公演、いまだに大金をかけて紙のチラシをつくる理由

文=篠崎靖男/指揮者

クラシック音楽業界でチラシが重宝される理由

 クラシック音楽業界でも、もちろんプロオーケストラ、アマチュアオーケストラ、オペラ、合唱団公演のすべての催しものが、インターネットで簡単に知ることができるようになりましたし、そのままサイトを進んでいけばチケットを簡単に購入できます。クラシック音楽といえども第三次産業なので、この目まぐるしく変化する時代に乗り遅れたら、それこそ死活問題です。各団体はインターネット上で、どれだけ他団体よりも露出度を高くできるかという点に力を注いでいます。

 しかし、この平成が終わる今、コンサートホールに訪れますと、平成が始まったころよりも、むしろ多くの“紙のチラシ”を受け取るのです。東京のサントリーホールなどでは、入り口のところで、それこそタウンページくらいの分厚さになった、さまざまな公演のチラシを受け取ることになります。

 業界関係者に話を聞いてみると、おおまかに言うと、単独のオーケストラコンサートであれば15万枚程度。ソリスト1人のリサイタルであれば10万枚程度。オペラやバレエなどの規模が多いものになると、20万枚を超えることも珍しくないということでした。チラシ作成は1枚5円程度ですが、オペラなどは1枚10円かかるそうで、単純計算で、オペラ公演には200万円かけてチラシを作成することになりますし、そこにはデザイン料金等も別途必要になります。

 なぜ、このような時代に音楽業界は紙のチラシを使い続けるかといいますと、インターネットとは違って、紙は“物体”という大きな特性があるからです。物体の特性は存在し続けることですので、カバンの中にしまわれたり、冷蔵庫の扉に貼られたり、テーブルの上に乱雑に置かれていても、消えることはなく、長い時間かけて少しずつ見つめていくうちに、「チケットが1万円もするけれど、やっぱり行こう」と促す効果があります。

 そう考えると、平成元年に比べて、はるかにダイレクトメールが増えました。無限数に発信できて、その場所すらも選ばないインターネット配信が世の中に溢れている現在、紙媒体による広告は量で勝負することが必要となることは当然の成り行きだと思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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