― 何が問題だと思いますか。
ハリス 問題のひとつは、科学研究では、非常に人目を引く結果を出すと報われることにあります。人目を引く結果を出し、その結果を定評があるジャーナルで発表すれば、キャリアに大いにプラスになります。その人はさらに3回追加実験をして、同じ結果が出るかどうかを調べようという意欲は削がれます。もっとも注意深く研究をした人が報われるわけではないので、そもそもインセンティブが間違っているのです。世界中で起きている現象ですが、特にアメリカで顕著です。
アメリカでは、多くの研究は若い科学者によってなされます。将来のキャリアを確立するために、みんな必死です。そのなかで教授になれる人はごくわずかです。エキサイティングな研究結果を出さないとキャリアがなくなることは、みんなわかっています。
プレッシャーがかかり、モチベーションが結果をできるだけ大きく見せようとする方向に推し進められているのです。ときには、ジャーナリストにも責任があります。記事を注目してもらうために、いささか誇張してタイトルをつけることもあります。
― そのプレッシャーに負けて、科学者がときには工程をはしょったり、データをごまかしたりしてしまうこともあるのでしょうか。彼らは自分がやっていることをわかっているのでしょうか。
ハリス ときには科学者は自分がやっていることが間違っているとわかっていても、なんとかして見つからずに逃れられると思ってしまうのです。でも、ほとんどの場合は自分がやっていることがわかっていません。自分をごまかすことは簡単です。有名な物理学者であるリチャード・ファインマン氏は「科学の目的全体は、自分をごまかすことではない」と言いましたが、自分こそがもっともごまかしやすい相手です。
本書を執筆する際、非常に関心を持ったのは、日本で起きた事件です。
― 小保方晴子さんのSTAP細胞のことですね。
ハリス まさにそれです。意図的な不正があったかどうか、彼女が出したデータを信じて「これは正しい」と確信した人がいたかどうか、という件です。私はその一件を調べましたが、なぜ彼女が意図的に不正をするのだろうかと思いました。というのも、それほどエキサイティングな結果を出せば、世界中の科学者が、それを再現しようとするから、すぐに彼女の不正はばれるからです。
ですから、私の個人的な見方は、彼女は実際にそこにないのに、「STAP細胞を見た」と自分を納得させたというものです。つまり、意図的な不正ではないのではないでしょうか。誰も実際に何が起きたのはわかりませんが、この一件は不正と本当のモチベーションの境界線を引くのは、どれだけ難しいかを示しています。