08年、独立系としては実に74年ぶりの新規参入となったライフネットにとって、知名度の向上と好感度の拡大は、新業態の「ネット生保」を成功させる上での最優先課題だった。この課題をいかにしてクリアするか、その模索の中から結実したのが業界に前例のない3正面統合作戦だった。
昨年暮れ、都内で開催されたミニセミナーで出口会長(当時は社長)は、「日本が停滞している根本原因は、1票の格差にあると私は思っています」と語った。演題は「今後の日本はどのように変化していくか」。少子高齢化、巨額財政赤字など現代日本が抱える問題について、図表を交えて解説したが、この日の聴衆はサラリーマンを中心に約30名。生保にまつわる話題をほとんど口にしなかったのが印象的だった。
このように、出口会長も岩瀬社長も生保会社の広告塔でありながら、生保とはあまり接点のないセミナーや演題で講演することが珍しくない。2人とも講演開始前に「講演中も自由に撮影し、ツイッターなどでつぶやいてください」と語りかけることが多いが、結果として、SNSを通じてライフネットという名前が広がることにつながる。これは、従来の生保レディによる営業に比べ、はるかに効率性や好感度の点で勝っているといえよう。
●シンプルな商品設計
次に、同社商品の特徴についてみてみよう。
既存生保の商品と比べ、ネット専業の同社商品には2つの特徴がある。商品のわかりやすさと値段の安さだ。同社は生保特有の複雑な特約を排除し、死亡保険、医療保険、就業不能保険の3品目に絞った4商品のみを品揃えし、料金設定をシンプルにしているのが特徴だ。
一方の既存生保商品は「特約付き」が基本。例えば日本生命の場合、死亡保険だけで11点の商品があり、それぞれにさまざまな特約が付いており、その料金体系は複雑怪奇としかいいようがない。したがって同社が「自由に選べる11種類の保険で、さまざまな生き方にピッリ寄り添う保障」(「同社HP」より)と謳っても、一般消費者にはどの商品が自分に寄り添ってくれるのかの判断が極めて難しい。結局、「生保レディなどに勧められた商品を買うしかない」(業界関係者)のが実情だ。
それに比べ、ライフネットの場合は商品が4点しかなく、特約もないので、「買う」と決めれば選択は簡単だ。そして2つ目の特徴である値段の安さは既述の通りだ。
この2つの特徴を武器に、子育てが始まり、かつ生保加入率が低い20〜30代をターゲットにするとの戦略も明確化した。
こうして万全だった態勢で営業を開始した3カ月後の08年9月、突如リーマンショックに襲われ、保険加入の申し込みもほとんどないため苦戦を強いられた。これを救ったのが、同年11月の保険料の内訳公表だった。
これにより、同社商品には商品のわかりやすさと値段の安さに加え、「料金の透明性」という3つ目の特徴が生まれた。この保険料の内訳公表は瞬く間に社会的話題となり、同社Webサイトへのアクセスが急増、コールセンターの電話のベルも鳴りっぱなしになったという。
その結果、営業開始初年度末の09年3月には保険契約件数が5000件を突破、わが国初の専業ネット生保は成長軌道に乗った。
●ネット生保業界の競争激化はウェルカム?
以上みてきたように、ライフネットの成長は順調だが、あえて課題を挙げるとすると、業界内では次のような点が指摘されている。
その1つはシェアの低さだ。生保業界全体の年換算保険料収入は約37兆円なのに対し、同社のそれは直近の13年度第1四半期でも約73億円で、シェアは0.02%。だが業界関係者は、「同社がターゲットにしている20〜30代の需要取り込みは、まだ始まったばかりの段階。ターゲットの取り込みが進めばシェアはおのずと増える。年換算保険料収入10倍増のシェア0.2%ぐらいまでは、容易にクリアできるだろう」と楽観視している。
もう1つは、ネット生保の競争激化だ。
ライフネットの成功に刺激されたのか、11年にオリックス生命保険が、12年9月に楽天が相次いで参入した。さらに、フランス発祥の国際的保険・資産運用会社であるアクサグループとの合弁事業としてライフネットと同時期にネット生保に参入し、10年2月に撤退したSBIホールディングスが再参入の準備をしており、外資系のチューリッヒ生命も今年9月からのネット生保参入を明らかにしている。このため、業界内では過当競争の懸念が強まっている。
しかし、追われる立場にある出口会長の見方は異なっている。
「競合相手が増えると、マーケットが活性化する。当社が格闘しているのは、保険はネットでは買えない、対面販売が基本だとの社会常識の強固な壁だ。(略)多くの企業が参入することで業界は飛躍する」(13年6月19日付、東洋経済オンライン記事より)と、逆に競争激化を歓迎する考えを示している。
ライフネット成長に対するさまざまな観測が飛び交う中で、同社の成長軌道は当分の間揺るぎがないようだ。
(文=福井 晋/フリーライター)