ダイキン工業の収益が増加基調で推移している。最大のポイントは、同社が新しい素材やガスなどの化学品を生み出すことによって、空調機器に加えて世界経済の先端分野の需要を効率的に獲得していることだ。創業以来の事業ポートフォリオの変遷などをもとに考えると、ダイキンの根源的な強みは、新しい素材の創造による、新しい需要創出にあるといってよい。その点で、同社は日本の宝といっても過言ではない。円安による業績のかさ上げ効果もある。
今後の展開として、気候変動問題やデジタル化、物流、自動車の電動化など世界経済の先端分野でダイキンのビジネスチャンスは加速度的に増加すると予想される。その一方で、ダイキンを取り巻く事業環境の厳しさは急激に増すだろう。例えば、ウクライナ危機などによってエネルギー資源などの需給はさらに逼迫し価格が上昇する恐れがある。また、銅などの鉱山資源の供給制約も一段と深刻化する恐れが高い。サプライチェーンの再編など世界経済の環境変化のスピードも劇的に高まる。同社は、これまでに獲得してきた資金を用いて研究開発体制を強化し、より迅速に新しい素材を生み出し、それを用いた新しい製品の創造に集中しなければならない。
拡大基調で推移するダイキンの業績
ダイキンの業績が好調だ。2022年3月期の売上高は初めて3兆円を超えた。営業利益は3,164億円に達した。収益力向上の主たる要因として、高い製造技術が支える空調機器や化学品の販売体制の強化、固定費の削減は大きい。コストプッシュ圧力が高まる中で売価も上昇している。コロナ禍によってより良い空調技術への需要が高まったことは売価上昇に無視できない影響を与えた。
それに加えて注目したいのが、ダイキンが高性能の空調技術を実現する素材など、新しい機能を持った化学製品を生み出し続けていることだ。高付加価値の素材の創造と実用化が、より良い空調など人々の新しい生き方を創造している。その成果として、収益力が高まったといえる。営業利益の金額を見ると圧倒的に空調事業が大きいが、利益率に関しては空調事業が10.0%であるのに対して、化学事業は12.9%と高い。それが示唆することは、新しい素材の創出力がダイキンのコア・コンピタンス=強さと成長の源泉であることだ。
同社のヒストリーを確認すると、新しい素材(化学品)の創造によってダイキンが新しい製品を生み出し、その結果として事業ポートフォリオの入れ替えが進んだことがわかる。1924年にダイキンの前身企業である大阪金属工業所が創業し、飛行機のラジエーターチューブの生産を開始した。1930年代に入ると、内燃機関などの冷却を行うための触媒の研究・開発が開始された。その結果として、ダイキンは冷蔵庫やエアコンの冷媒として使われているフルオロカーボンガス(フロン、フッ素と炭素の化合物)の生産技術を確立した。新しい機能をもった化学物質の創造によってダイキンは空調や冷凍、冷却などの技術を実現した。
今日に至るまで一貫してダイキンは新しい機能をもつ素材の創造に取り組み、それを空調などの機器と結合することによって世界の人々のより快適な生き方を支えている。他の企業が生み出すことの難しい新しい冷媒などの創造が、ダイキンの持続的な成長を支えているのだ。
新素材創出力のさらなる強化
ダイキンは化学品の創造力のさらなる強化に集中し始めた。その根底には、コロナ禍や地政学リスクの高まりなど複合的な要因によって世界経済の環境変化が急激に加速し、これまでの常識が通用しなくなるとの危機感があるはずだ。先行きのリスクに対応するために、同社は新しい素材の創造を加速し、より多くの新しい需要を生み出そうとしている。その一つとして、同社は銅やレアアース(希土類)の使用量を減らして空調機器を生産する体制の整備を急ぐ。これまで当たり前のように使われてきた銅などの基礎資材を用いなくなる、あるいは消費量を減らすために、ダイキンの研究開発費は増加基調で推移するだろう。
また、半導体の分野でもダイキンはより多くのビジネスチャンスを自ら生み出そうと、取り組みを強化している。そのひとつとして半導体のエッチング(化学品などを用いてICチップの回路を形成するプロセス)に用いられるフッ化水素酸(フッ酸)の新しい製造技術が開発された。
これまで、ダイキンは中国から蛍石を調達してフッ酸を生産してきた。それは、世界の主要な半導体メーカーからの需要を取り込み化学事業の成長を支えた要素の一つだ。しかし、米中の対立先鋭化、さらにはコロナ禍やウクライナ危機の発生によって地政学リスクが高まるのみならず、世界経済全体で供給制約が深刻化している。資材調達面での対中依存度の引き下げは、事業運営の安定と持続性の向上に欠かせない。そのためにダイキンはヒ素が多く含まれるメキシコ産の蛍石を用いてフッ酸を製造する技術を確立した。
2019年7月に日本が韓国向けフッ化水素をはじめとする特定3品目の輸出手続きを厳格化した。その直後、サムスン電子などの韓国主要企業トップは日本企業を訪問し、高純度の半導体部材などの在庫確保に奔走した。それは、ダイキンなどの素材創出力が模倣困難であることを世界に示したといえる。新しい素材の生産は有毒物質の除去などコスト負担を伴うが、対中依存度の引き下げは主要先進国にとって喫緊の課題だ。代替資材を用いて高純度の半導体部材を生み出すダイキンとの関係強化を目指す半導体メーカーなどはこれまで以上に増えるだろう。
先端分野でのビジネスチャンス拡大
今後、世界経済の先端分野においてダイキンのビジネスチャンスは加速度的に増加し、成長期待は高まるだろう。具体的に成長が期待される分野は増えている。例えば、地球温暖化や異常気象の深刻化によって、世界全体で冷暖房の需要が増える。現時点でダイキンは世界トップの空調機器メーカーとして競争力を発揮しており、さらなる成長が期待される。それに加えて、世界的な物流の効率化、サプライチェーンの再編などを背景に、低温コンテナ輸送の分野でも収益機会は増えるだろう。
また、健康に関する分野でもダイキンのビジネスチャンスが増えている。新型コロナウイルスの出現によって、私たちは感染症のリスクから身を守り、健康を維持することの重要性を強く認識させられた。微細なウイルスなどを吸着して空気清浄を行う需要も増加基調で推移するだろう。半導体の分野では台湾積体電路製造(TSMC)などが微細化技術の向上を急ぐ。年内に台湾でTSMCは回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)の半導体工場を建設する予定だ。微細化技術の向上には、超高純度のフッ化水素などの製造技術の向上が欠かせない。
自動車分野では、電動化をはじめとするCASEの取り組みが加速する。車載用の半導体やバッテリー、eアクスルなどの駆動ユニットの生産が増える。そうした変化も冷媒をはじめ新しい素材需要の増加につながる。
新しい素材の創造なくして、新しいモノやサービスの供給は実現困難だ。これまでにはない機能を実現する素材であれば、価格が高くても需要を獲得することができる。言い換えれば、新しい素材を連続的に生み出すことによって、ダイキンは脱炭素を背景とする自動車の電動化や再エネ利用の増加、デジタル化の加速による超高純度素材の需要拡大などをより効率的に取り込むことができるだろう。
それに加えて、同社は内外の企業との関係を強化し、資材調達力の強化やコストカットを徹底しなければならない。世界的な物価高騰と経済成長率の低下懸念が同時に高まるなど、先行きは楽観できない。その中で同社がこれまで以上に事業運営体制を引き締め、加速度的に新しい化学品や空調機器などを創造する展開を期待する。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)