1月、回転寿司チェーン大手「スシロー」の店内で、少年が醤油ボトルや湯呑みを舐め回したり、流れている寿司ネタに唾液をつけたりする迷惑行為におよび、その様子を収めた動画がSNSで拡散されたことで社会問題になった。「寿司テロ」は終わらず、2月には「くら寿司」でも類似した事件が起きており、多くの消費者が回転寿司での飲食に不安感を抱くようになってしまった。
だが、そんな寿司チェーン業界で元気寿司は、なぜか好調だ。同じ寿司業界に身を置きながら、一体どこでその命運が分かれたのか。そこで今回はフードアナリストの重盛高雄氏に、直近の回転寿司チェーン各社の業績などを踏まえて、「アフター寿司テロ」の業界について解説してもらう。
スシロー、くら寿司…大手寿司チェーンが陥っている経営不振
「大手チェーン店は不調の傾向が見えます。スシローの運営会社、あきんどスシローの親会社であるFOOD & LIFE COMPANIESの2023年9月期第1四半期決算(22年10-12月)は、営業利益が15億7000万円で、これは前年同期間比で約7割減の数字です。こうした不調はスシローだけではなく、くら寿司の23年10月期第1四半期決算(22年11月-23年1月)の営業利益は6億7100万円の赤字です。かっぱ寿司を運営しているカッパ・クリエイトも、23年3月期第3四半期決算(22年4-12月)の営業利益は13億4100万円の赤字となっています」(重盛氏)
これらのデータは寿司テロ前。業績悪化の原因はなんなのか。
「コロナ禍による外食産業の大幅な客足減少に加え、円安による食材輸入費の高騰、そしてロシアによるウクライナ侵攻でガス・光熱費や輸送コストが高騰したことによるものでしょう。スシローは黒字を維持していますが、これは業界1位ゆえの規模感によるもので、大きなダメージを受けていることには変わりはありません。22年10月には1皿110円の商品を120円に、店舗によっては1皿132円の商品を150円にアップするなど、大胆な値上げを実行したことで客足を減らしてしまったのでしょう」(同)
そこに追い打ちをかけるように今年勃発したのが寿司テロだった。では寿司テロ後の各社の業績を見てみよう。
「不幸中の幸いか、スシローの2月の全店売上高を見ると、前年同月比103.2%と堅調です。くら寿司に関しても、くら寿司の2月の全店売上高は前年同月比123%と上昇、かっぱ寿司も同116.8%と好調です」(同)
元気寿司の秘密…海外展開や「回らない寿司」で存在感を強める
そんな寿司チェーン業界で重盛氏が今注目しているのが、元気寿司だという。
「元気寿司の『23年3月期第3四半期決算(22年4-12月)の営業利益は12億8700万円と黒字を記録しています。海外展開の好調が原因です。1993年に元気寿司ブランドをハワイで初出店したのを皮切りに、翌年にはシンガポール、95年にはFC契約で香港、マレーシアに出店。22年9月末時点で元気寿司は海外に204店舗も出店しているのです。国内店舗数1位のスシローでさえ、22年12月の時点で海外に100店舗ほどしか展開できていないことを考えると、驚きの規模といえます」(同)
実は元気寿司の国内展開のメインは、実は元気寿司ブランドではない。
「現在、元気寿司ブランドは海外展開が主軸ということもあり、国内に元気寿司ブランドの店舗はわずか10店舗だけ。しかし元気寿司が運営する『魚べい』は149店舗となっており、実質的に同社の国内におけるメインブランドとなっています。魚べいは『回らない寿司』というのが特徴。お客からタッチパネルで注文を受けてから寿司を作り、できた寿司は高速レーンに乗ってお客の目の前まで運ばれてくるスタイルが特徴です。
かっぱ寿司も高速レーンのみの業態ですが、そうなったのは2015年廃棄ロスの削減や出来立てをお客に届けたいと、回転レーンを廃止してからです。魚べいも昔は回転レーンを導入していましたが、12年ごろから回転レーンの廃止を推し進めて、13年からオープンしている店舗はすべて高速レーンオンリーにしているのです。だからこそ回らない寿司チェーンというイメージを獲得できたのでしょう」(同)
魚べいがメインに打ち出す高速レーンに比べて、旧来の回転レーンにはデメリットも大きかったという。
「回転レーンは実物の寿司が回っている様が華やかで食欲をそそるというメリットがありますが、お客が手をつけない寿司が増えると、乾燥してどうしても味や品質劣化してしまうというデメリットがありました。これは近年のタッチパネル式の注文が主流になったことも関係しています。回転レーンは頼みたいお寿司を探すメニュー表としての役割もありましたが、これらタッチパネルの登場でその役目が薄れてしまったのです」(同)
アフター寿司テロの寿司業界、勢力図は変わっていくのか
回転レーンは寿司テロを誘発しやすいというデメリットもあるため、スシローなど回転レーンが主軸の店舗は苦渋の決断を迫られているようだ。
「スシローは回転レーンには寿司ネタを書いたパネルだけを流すなど、迷惑行為への対策を講じざるを得なくなっています。私も先日、人気店といわれている、スシロー有楽町店とスシローBIGBOX高田馬場店に足を運びましたが、お昼時だというのに客足が少なかったですね」(同)
回転レーンをベースにしていたチェーン店も、かっぱ寿司のように今後は回転レーンを廃止せざるをえなくなっていくのだろうか。
「現在の対応策を見る限り、両社とも回転レーンを廃止するつもりはないのではと感じています。スシローはパネルだけを流す措置は一時的なものだと説明しています。一方、寿司ネタを保護する抗菌カバーを導入した回転レーンがウリのくら寿司は、現在も回転レーンでの提供を続けていますが、店内の見回りを強化しています。会計を効率化するために導入していた、お客が各座席で受け取った商品を自動で判別するAIカメラシステムを、防犯にも活用しています。ですからスシローもくら寿司も、回る寿司を今後も続けていく覚悟なのではないでしょうか」(同)
では、こうした迷惑行為への対応を経て、業界の勢力図が変化するようなことはあるのか。
「高速レーンのメリットで、魚べいやかっぱ寿司が多少売り上げを伸ばすことは考えられますが、勢力図が大きく変わるようなことはないと考えています。理由は店舗の立地で、ビジネス街など利便性のいい立地はすでにスシローやくら寿司が押さえており、優位性を保っているからです。今後空き店舗が出れば魚べいなどにもチャンスが見込めるかもしれませんが、可能性は高くないでしょう」(同)