大手牛タンチェーン「ねぎし」の定番メニュー「ねぎしセット」の価格がいつの間にか2100円(税込、以下同)に、「しろたんセット」は2550円に、「牛たん3種盛りセット」は2800円に値上がりしていることに驚きの声が広まっている。「たまには、ちょっと贅沢」という感覚で「ねぎし」を利用する人も少なくないが、訪問する際にはこれまで以上に「覚悟」が必要になってきそうだ。そこで今回は、その価格に果たして妥当性はあるのか、専門家に解説してもらった――。
エネルギーコストや原材料価格の高騰を受け、外食チェーン各社の値上げが続くなか、「ねぎし」も価格改定を実施。「ねぎし」は21年に牛タンの仕入れ価格上昇を受け「ねぎしセット」を1450円から1750円へ、「白たんセット」を1850円から2450円へ値上げしており、現在はそれぞれ2100円、2550円となっている。
値上げの背景には牛タンの仕入れ価格の上昇があるが、そこには複雑な要因が絡んでいる。大きな要因としては、牛タンの主要な輸入元であるオーストラリアで近年の干ばつの影響で放牧される牛の数が減り、供給量が減っていることがあげられる。コロナ禍前からすでに仕入れ価格は上昇していたが、コロナ禍で海外の加工工場の稼働率低下や円安も重なる。さらに、牛タン人気の広がりで大手スーパーなど小売店も仕入れを増やすことで需要量が拡大していることや、近年の中国での牛タン需要拡大で世界的に需給がひっ迫していることも影響している。
「もともと牛タンを食べるという習慣は日本はおろか海外でも広まってはいなかった。宮城県の仙台市など一部で親しまれている程度だったが、それを全国区の存在に押し上げたのが、『ねぎし』のチェーン展開だ。『ねぎし』が開業した1980年代前半は牛タンという部位がそこまで注目されていなかったこともあり、安く入手できた。だが、『ねぎし』の台頭もあり人々の間に『牛タンはヘルシーで美味しい』という評判が広まり人気が出ると、需給の関係で徐々に仕入れ価格が上昇。さらに牛タンは牛一頭当たりから1kgほどしか取れず、そのすべてを食用に使えるわけでもない。そんな希少性も価格高騰に拍車をかけている」(外食業界関係者)
「ねぎし」の品質へのこだわりには並々ならぬものがある。商品として提供するのは牛タン1本のうち硬い部分などを除いた約3割ほどで、高い焼きの技術を持つ「焼士」が遠赤外線を使って牛タンの表面を一気に硬化。これにより、「表面はパリッと、中はジューシー」(「ねぎし」HPより)に仕上げている。牛タン以外の食材にもこだわりが詰まっている。麦めしに使用される福島県会津地方のコシヒカリは、「ねぎし」が独自の基準で正粒数や砕粒数などを検査。その麦めしにかけられる「とろろ」に使用される大和芋は、日本有数の産地である千葉県香取郡多古町より直接仕入れ。また、セットメニューにつく「テールスープ」は、牛のテールと牛タンを長時間煮込んで作られている。
かなり頑張っている価格?
そんな高品質の牛タンに麦めし、とろろ、テールスープ、お新香がついたセットメニューが、かつては1000円台前半で食べることができたのだが、前述のとおり徐々に値上げが続き、SNS上では以下のような声があがっている。
<たまにはねぎしに食いに行くかって感覚だったけど、もう無理>
<うな重の値段>
<うなぎぐらいのポジションになってしまった>
<こんな金額出すなら焼肉きんぐで腹いっぱい食う>
<トラジでランチ食うわ>
<めちゃくちゃうまいってレベルでもないのにこの値段は嫌>
<それでも結構客入ってる気がする>
外食業界関係者はいう。
「外食店チェーンにとって定番メニューが1000円・2000円の壁を超えるというのは、客離れの恐れがあるので極力避けたいところだが、それでも定番の『ねぎしセット』で2000円台乗せを余儀なくされたというのは、よほどの強いコスト上昇圧力がかかっているということだろう。今の牛タンの仕入れ価格上昇を踏まえれば、テールスープなど4品がついてこの価格というのは、チェーンとしてはかなり頑張っていると感じる。
だが、消費者側がどうとらえるかは別の話。たとえば『しろたんセット』は白たん6切れのセットで2550円だが、価格的には贅沢品と競合するレベル。また、プラス1000円出せば『焼肉きんぐ』で100分間の食べ放題にありつけるなど、もっとお得な他の選択肢ともバッティングしてくる」
では、2000円を超えた「ねぎし」の「ねぎしセット」に、その価格に見合う価値はあるといえるのか。フードアナリストの重盛高雄氏に解説してもらう。
ねぎしセットの価格には妥当性あり
5月某日に東京都内の店舗を訪問した。店員はホール3名、焼士1名、そのほかに厨房2名、チーフ1名と多くはないが、店内は比較的落ち着いた印象を受けた。ねぎしは麦めしのお替りができるという触れ込みもあり、健康を気遣う女性からの人気は高いが、訪問時は客の7割くらいが女性だった。
麦めしはボソボソ感の強いご飯という印象だが、口当たりとしては、「とろろ」のねばりがまろやかにまとめてくれる。牛タンはしっかりと焼士が火を通しているため、噛み切れないということはない仕上がり。牛一頭から採れる部位として希少性の高いのは、タンとヒレだといわれる。昨今の輸送費の値上がりと円安の影響で牛タンの仕入れ価格の高騰は避けられない。ねぎしもホームページ上で「販売価格改定についてのお詫びとお願い」を掲載している。
看板メニューのひとつである「ねぎしセット」は、すべてが調和されるよう調理されている。料理のクオリティと店内のホスピタリティを勘案すると、2100円という価格に妥当性はあると評価することができる。
逆に価格妥当性を感じなかったのは、別の店舗で注文した「5種盛りわんぱくセット」である。ひとつの素材が持つ味噌ダレっぽい味が全体に及んで、それぞれの肉が持つ味わいが感じられなかった。価格はねぎしセットの2100円に対し1500円と安価であるが、タンを楽しみたいと考えるのであれば、わんぱくセットはおすすめできない。わんぱくセットで「ねぎし」の商品価値を下げるよりも、ねぎしセットをお客にすすめるほうが、「ねぎし」のタンを楽しむ切り口としては王道ではないか。
(文=Business Journal編集部、協力=重盛高雄/フードアナリスト)