政府は1日、インターネット業務をNHKの「必須業務」に切り替える放送法改正案を閣議決定した。今国会で成立すれば、テレビを持っていなくてもスマートフォンやPCでNHK番組を視聴する人は、NHK受信料を支払う義務が生じる。一方、ネット独自のコンテンツを廃止しネットと放送の内容を同一とすることによって、テレビを保有するだけで受信料を徴収される制度は継続するため、議論を呼びそうだ。
NHKがテレビ非保有者からも広く受信料を徴収する動きは以前から進行していた。NHKは2017年に公表したNHK受信料制度等検討委員会の答申案で、スマホやインターネットの利用者からも受信料を徴収する検討を始めており、過去の有識者会議でもテレビを持っていなくてもスマホなどで積極的に放送を見る人については「負担を議論していく必要がある」との意見が出ていた。
総務省も22年から公共放送ワーキンググループ(WG)にて、将来のNHKのネット関連事業のあり方に関して議論を開始。焦点は、ネット事業をNHKの「必須業務」に変更するかどうかという点だった。現在は放送を補完する「実施できる業務」として位置づけられており、配信コンテンツはNHKで放送される内容の「理解増進情報」に限定されている。具体的には「NHKプラス」や「NHKオンデマンド」「ニュース・防災アプリ」がこれに当たるが、今回の法改正でこの「理解増進情報」は廃止。番組と密接な関連を有する「番組関連情報」のみを配信する(災害情報などの緊急情報は無料配信)。
23年4月の同WGの会合では、スマホなどで放送を視聴できる環境にある人からの受信料収入が、NHKの財源として望ましいとする意見で一致。専用アプリの利用者から受信料を徴収する案などが検討されてきた。
今回閣議決定された内容は、放送と同一の内容をネットで配信し、利用者は専用アプリのダウンロードやID認証などで視聴可能になるというもの。視聴するにはNHK受信契約が必要となる。すでに受信料を支払っている世帯はネット視聴のために追加負担は発生しないが、テレビを持っていなくてもスマホやPCで視聴する場合は受信料を支払う必要がある。
「現在、NHKは『NHK NEWS WEB』などネット独自のコンテンツを提供しているが、NHKは今回の法改正をめぐって、ネットと放送の内容を同一にすること、およびネットと放送を公平な契約にすることを強く要望していた。もし放送とネットの放送内容を分けてネットで独自のコンテンツを配信するとすれば、ネットとテレビの受信契約を分けるべきという議論になり、テレビを持つだけで受信契約を結ばなければならないという現行制度の見直しにつながるからだ。すでに受信料収入が減少傾向にあるNHKは、それを恐れている」(テレビ局関係者)
NHK受信料は「特殊な負担金」
NHK受信料収入は20年度には年7000億円を割り込み、テレビを持たない世帯の増加も影響して今後も右肩下がりになると予想されている。それに危機感を覚えるNHKは、より広くかつ確実に受信料を徴収する動きを加速させている。昨年4月からは、期限内(受信機設置の翌々月の末日)に受信契約を締結しなかったり、不正に受信料を支払わない人に対し、本来の受信料の2倍の割増金を課す制度を開始している。
「そもそもNHKは受信料について『視聴の対価』ではなく組織運営のための『特殊な負担金』だという見解を公式に認めており、コンテンツが見られるか見られないかに関係なく、組織存続のために国民から広く受信料を取るという根本的な姿勢を変えていない。まずはスマホにアプリをダウンロードした人から徴収するというかたちから始め、現在のテレビを持っているだけで受信料を取られる制度と同様に、将来的にはなし崩し的に『スマホを所有していれば受信料を徴収する』という流れになるだろう」(同)
経営悪化の民放ローカル局を救済か
今回の法改正で注目されているのが、NHKの民間放送事業者への協力義務を強めるという点だ。具体的には、中継局の共同利用に関する協議に応じることをNHKに義務づけるという内容だ。
実はNHKは昨年10月に発表した「NHK経営計画24~26年度」(案)で、NHKと民放の二元体制維持のための予算として3年間で600億円を計上。昨年6月には、苦境に陥るローカル局に対して総務省とNHK・民放が一体となって救済に動く「放送法及び電波法の一部を改正する法律」が公布されており、同月の総務省発表資料「現状と課題」には、中継局の共同利用について次のように書いてある。
「将来的な経営形態の合理化も見据え、現在の地上テレビ局が、中継局の保有・運用・維持管理を担うハード事業者(共同利用会社)の利用を可能とする(NHKと民放の連携も想定)。NHKが、自らの設備だけでなく、子会社であるハード会社の設備を用いることを可能とする」
そして、放送番組の同一化についてはこう書いてある。
「放送対象地域自体は変更せず、希望する地上テレビ局が、総務大臣の認定を受けることにより、複数の放送対象地域において放送番組を同一化できる制度を創設する(例えば、同系列の隣県で同一化)」
ちなみにNHKは以前、当サイトの取材に対し次のように回答している。
「中継局の共同利用については、情報空間全体の多元性確保への貢献のために、基幹となる民間放送事業者との二元体制維持により、地域のみなさまに、NHK と民間放送事業者の放送を将来にわたって届けていくことを目的としています。双方の経済合理性が実現することが大前提であり、経営悪化した民放ローカル局の救済を目的としたものではありません。民間放送事業者と連携して、維持・管理のコスト抑制や保守管理の人材確保に取り組むことで、視聴者の将来の負担軽減につなげていきたいと考えています」
テレビ局関係者はいう。
「要は、国民から徴収したNHK受信料を、経営悪化の民放ローカル局の救済に使うというもので、まったくもって、おかしな話。こうしたNHKと民放局の協力関係もあるため、民放各局もNHKがネットでオリジナルコンテンツを配信することには強く反対する一方、受信料の問題については沈黙を守っている」
NHK放送文化研究所が公表している「テレビ・ラジオ視聴の現況 2019年11月全国個人視聴率調査から」によれば、NHK総合チャンネルを1週間に5分以上見ている日本人は54.7%という結果だった。日本人の半分が「見ない」NHKの存在意義が問われている。
(文=Business Journal編集部)