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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」第15回

高価でも「安い」と思わせる価格の心理学?購入数や寄付額も大きく左右するアンカー効果

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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 そのような母集団に「400ドル以上寄付するつもりがあるか?」と質問した場合、平均の寄付額は143ドルに跳ね上がったそうだ。一方でアンカーとして「5ドル以上寄付するつもりはありますか?」と訊ねた場合の平均寄付額は20ドルにとどまったという。アンカーがなければ64ドルの寄付を進んで行う母集団に同じ趣旨の呼びかけをするのに、アンカーを与えた結果、寄付額が143ドルに増えたり、20ドルに減ったりする。

 これは人間の意思決定が非合理だということでもあるが、もう少しフェアに表現すれば、これが人間というものなのである。

●高価な買い物でも「安い」と満足

 さて、私のお気に入りの1万円のヘッドレストの話に戻ろう。このヘッドレストを取り付けたオフィスチェアは、ご存知の方も多いかもしれないがハーマンミラー製のアーロンチェアという有名なブランドチェアである。楽天市場で検索すると、通常の価格設定では13.7万円というのが標準であり、これがアーロンチェアを購入しようとする人にとってのアンカーの数字になる。

 楽天の中でも安いお店なら8万円前後で並行輸入品を手に入れることができる。8万円の椅子など普通に考えれば目玉が飛び出るほど高いはずなのだが、最初に13.7万円という数字を聞いていると、この8万円という数字だけで安く思えてくるわけだ。

 ちなみに私のアーロンチェアは15年ほど前に、知り合いが経営していた会社が廃業することになった際に、一脚5万円で譲っていただいた品物で、まだ購入して1年足らずの椅子を「5万円でいいよ」と言われて、本当はとても高価な商品のはずなのに「安いですね」と喜んで持ち帰ったものである。

 さて、このハーマンミラー製アーロンチェアは座り心地がとてもよいのだが、唯一の欠点が首をサポートするものがないために、長時間仕事をしていると首のあたりに疲れがたまってくるという点だ。

 そのことをなんとかしたいと考えたアーロンチェアの熱烈な愛好者が、本物と同じデザインや材質を用いてオリジナルのヘッドレストを販売し始めた。日本でもいくつかの正式な代理店が扱っていて、通常価格は1.7万円前後というところである。これがヘッドレストの価格のアンカーとなる。

 この商品、なかなか安く販売されることはないのだが、たまたま楽天市場の中であるお店が特別価格ということで1.5万円で販売しているのを発見した。そしてたまたま楽天のキャンペーンで私は5000円分の期間限定ポイントを手にしたばかりだった。このチャンスを活かせば通常1.7万円のヘッドレストを実質1万円の出費で手に入れることができる。これが、私が高価なヘッドレストに飛びついて購入した理由なのである。

 このように高価な商品でも、アンカーの置き方次第で「安い買い物をした」と顧客が満足感を得るようになるというメカニズムが、心理学的にわかってきている。

 1万円あれば、ヘッドレスト付きの上質なオフィスチェアが購入できるにもかかわらずである。
(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

※参考文献
『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(ダニエル・カーネマン
/早川書房/下巻各2205円)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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