昨年10月期の連続テレビドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)で、原作者・芦原妃名子さんの意向に反し何度もプロットや脚本が改変されていたとされるトラブルが表面化し、芦原さんが死去した問題をめぐり、日本テレビは5月31日、社内特別調査チームがまとめた調査報告書を公表。ドラマの制作過程において番組プロデューサーが芦原さんに嘘の説明をしていた事実や、同社が芦原さんと契約書の締結を行っていなかった事実、具体的にどのような改変が行われていたのかが記述されている。その改変内容についてドラマ制作関係者からは「凄まじいレベル」との声も聞かれる。
調査チームは日本テレビおよび原作代理人である小学館の関係者にヒヤリング調査を実施。約90ページにおよぶ調査報告書と別紙からなる文書(以下、報告書)には、一連の経緯や事実認定、本件の分析・検証と総括、今後に向けた提言などが記載されている。日本テレビの調査チームは5月31日に会見を開いたが、テレビカメラが入ることは禁止され生中継は行われず、メディアは同日17時に一斉に記事を配信するかたちとなったことに疑問の声もあがっている。日テレは「2次被害等の懸念」を理由としていたが、キー局関係者はいう。
「記者からの質問などで番組プロデューサーをはじめとする社員・スタッフや脚本家に対する批判的な質問が出たり、公表されていない新事実などが明らかにされることで、さらなる混乱や予期せぬ事態が生じることを懸念したのだろう。クローズなかたちで会見したことは一定の理解はできる」
日本テレビ「上記のような条件を言われたことはなかった」
問題の発端は、原作者の芦原さんの意向に反するかたちで、プロットや脚本において原作が何度も改変されたことだ。芦原さんは今年1月、自身のブログ上で、ドラマ化を承諾する条件として日本テレビと以下の取り決めを交わしていたと綴っていた。
<ドラマ化するなら『必ず漫画に忠実に』。漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正をさせていただく>
<漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様『原作者があらすじからセリフまで』用意する。原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたい>
報告書内では、この条件とされる内容について日本テレビは
「上記のような条件を言われたことはなかった」
との認識であった一方、小学館は
「条件として文書で明示しているわけではないが、漫画を原作としてドラマ化する以上、『原作漫画とドラマは全く別物なので、自由に好き勝手にやってください』旨言われない限り、原作漫画に忠実にドラマ化することは当然」
という認識であったと記載されている。小学館は日本テレビに対し「脚本が原作者の意図を十分汲まず、原作者の承諾を得られないときは、原作者に脚本を書いてもらうこともある」(報告書より)と伝えたとの認識であった。
報告書には、具体的にどのような改変が行われていたのかも記されている。
例えば、主要登場人物である「倉橋朱里」は原作では短大に進学したという設定だが、日本テレビは「短大に進学するよりも専門学校に進学する方が近時の10代、20代としてはリアリティがあるのではないか」、(短大進学の原因となっている)「父親のリストラはドラマとしては重すぎるのではないか」といった議論を経て、「朱里」は高校受験の際に本当は友達と一緒に制服がかわいい私立校に行きたかったものの、父親が勤める会社が不景気になり母親から「高校は公立でいいんじゃない?」と言われて公立高校に進学したという設定に変更。また、専門学校に進学する設定に変更したプロット案を作成し、芦原さんから「原作のジェンダー要素も逃げずに書いて欲しい」「制作サイドは短大での設定を避けているのか」という趣旨の返答がなされたという。
また、日本テレビは登場人物の職場の変更、ドラマオリジナルエピソードの追加やエピソードの順番の入れ替え、エピソードの一部改変なども行い、芦原さんから以下のような懸念が返答されていた。
「ツッコミどころの多い辻褄の合わない改変がされるくらいなら、しっかり、原作通りの物を作って欲しい。これは私に限らずですが…作品の根底に流れる大切なテーマを汲み取れない様な、キャラを破綻させる様な、安易な改変は、作家を傷つけます。悪気が全くないのは分かってるけれど、結果的に大きく傷つける。それはしっかり自覚しておいて欲しいです」
「エピソード順番を入れ替える度に、毎回キャラの崩壊が起こってストーリーの整合性が取れなくなってるので、エピソードの順序を変えるならキャラブレしないように、もしくは出来る限り原作通り、丁寧に順番を辿っていって頂けたらと思います」
「アレンジが加わった部分から崩壊していってしまいがちな気がしています」
このほか、原作にあった「朱里」が「田中さん」にメイクをしたが失敗するシーンについて、日本テレビ側はカットしようとしたが、芦原さんは「『物理として超えられない年齢の壁』があるにもかかわらず、いくつになっても変われる、自分らしく生きられるという本件原作のテーマであること、朱里が将来メイク関係の仕事に夢を持つ大切なエピソードなので、出来れば端折らないで欲しい」(報告書より)旨を要請していた。
一般的にこのレベルの改変は、ドラマ制作の現場ではなされるものなのか。テレビドラマ制作関係者はいう。
「原作者のスタンスによって違ってくる。原作者が『原作にとらわれず自由にやってOKですよ』という人の場合、登場人物の性別を入れ替えたり、職業を変えたり、主要な登場人物の性格を真逆にしたり、原作にはない恋愛要素を盛り込んだりということは行われる。一方、今回のように原作者から原作に忠実であることを求められている場合は、細かいセリフなどを変えることはあるものの、設定を大幅に変えるということはしない。その意味で今回の件に限っていえば、日テレ側による改変は凄まじいレベルだといえ、大きなトラブルになってしまったのは必然だと感じる。原作サイドから原作に忠実であることをドラマ化の条件として提示されていたのであれば、その姿勢を守るというのは最低限のマナーだ。
原作者がここまで強く原作に忠実であることを求める場合、その意向に素直に従う脚本家をアサインしなければ制作が難航するのは目に見えている。なので、テレビドラマとしての仕上がりを強く意識して脚色を多用できるベテランの脚本家をアサインしたという日テレ制作サイドの人選ミスが、根本的な原因だろう」
プロデューサーの“大きな嘘”
報告書のなかで注目されているのが、日本テレビ側の制作スタッフが小学館側に嘘の説明をしていた点だ。昨年10月、芦原さんはある撮影シーンについて不審な点があったため制作スタッフに問い合わせたところ、実際の撮影はその5日後に予定されていたにもかかわらず、スタッフは当該シーンは撮影済みである旨を回答。スタッフは「当該シーンの撮影のために2か月にわたってキャスト・スタッフが入念に準備を重ねていたため、撮影変更はキャストを含め撮影現場に多大な迷惑をかけるので避けたいと思って咄嗟に事実と異なる回答をしてしまった」という。この一件を受け、「本件原作者は『制作サイドから何を言われても信用できない』という思いを抱いた」(報告書より)。
キー局関係者はいう。
「プロデューサーが原作サイドや脚本家、キャストの所属事務所などから要求を受け、理由が別のところにあるにもかかわらず、スケジュールやスポンサー、制作予算の都合などをあげて『すみませんが、こういう事情で難しいです』と説得することはある。ドラマ制作は膨大な数の関係者がいるため制作スケジュールを守ることが何よりも重要なので、ときにそういう言い訳を使うのは、やむを得ない。ただ、撮影していないシーンをすでに撮影が終了していると言うのは“明らかな嘘”“大きな嘘”なので、バレると信用関係が崩壊する。どうしてもやむを得ない事情があったのなら、プロデューサーがしっかりと説明すべきだし、もし仮にプロデューサーによる何らかの落ち度が原因だったのであれば、素直に謝罪すべき」
「脚本家は今すぐ替えていただきたい」
同ドラマの制作が始まったのは放送開始の約6カ月前の昨年3月末。日本テレビは作成したプロットや脚本を小学館に送り、芦原さんからの指摘を受けて修正するという作業(ラリー)を繰り返すかたちで脚本づくりを進めた。日本テレビと原作サイドの間のボタンの掛け違えの原因は、制作開始当初から存在していた。9・10話は原作にはないオリジナルドラマになる予定であったが、日本テレビ側は「小学館からは、未完
部分はドラマオリジナルのエンドでよい、という話であった」という認識であり、小学館側は「未完部分は原作に影響を与えないよう、原作者が提案するものをベースにしたドラマオリジナルエンドで良いという趣旨で言った」という認識であった。
この両者間の認識の齟齬について報告書は、
「『漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様<原作者があらすじからセリフまで>用意する』という条件は小学館からは口頭あるいは文書で提示されていなかった」
と結論づけている。小学館側は
「条件として文書で明示しているわけではないが、漫画を原作としてドラマ化する以上、『原作漫画とドラマは全く別物なので、自由に好き勝手にやってください』旨言われない限り、原作漫画に忠実にドラマ化することは当然」
という認識を示している。
この認識の齟齬が問題を生むことになる。日本テレビと小学館の間で9・10話のプロットと脚本についてラリーが重ねられたが、難航した末に小学館は芦原さんが修正したプロット・脚本について「一言一句絶対変えないで」ほしいと要求。芦原さんは小学館を通じて日本テレビに以下を要求するに至った。
「・脚本家は今すぐ替えていただきたい。
・最初にきちんと、終盤オリジナル部分は本件原作者があらすじからセリフまで全て書くと、約束した上で、今回この 10 月クールのドラマ化を許諾した。
・この約束が守られないなら、Huluも配信もDVD化も海外版も全て拒絶する。
・本件脚本家のオリジナルが入るなら永遠に OK を出さない。度重なるアレンジで何時間も修正に費やしてきて限界はとっくの昔に超えていた。
・B 氏が間に入ったというのを信頼して今回が最後と思っていたが、また同じだったので、さすがにもう無理である」
そして日本テレビは芦谷さんが執筆した脚本を同ドラマの脚本を担当する相沢友子さんに見せ、「制作サイドで作成した脚本は認められないこと、これを飲まないと放送できないことを伝えたところ、本件脚本家はいきなりの話であって驚愕した」(報告書より)。相沢さんは9・10話の脚本から降りる旨を日本テレビに伝え、放送内で自身の名前をクレジット表記しなくていいと伝えたが、その後、相沢さんはクレジット表記をしてほしいと要請。日テレは小学館に相沢さんの名前を「脚本協力」あるいは「監修」などというかたちで入れてほしいとの要望したものの、小学館はこれを拒否した。この過程のなかで相沢さんは、弁護士から内容証明のかたちで二次利用において「脚本協力」として自身の名前をクレジットに入れるよう要望していた。
結論ありきの調査
日本テレビの調査チームは報告書において次のように総括している。
「放送されたドラマは本件原作者の意図をすべて取り入れたものとなったと日本テレビも小学館も認識している」
「本件原作者が本件ドラマの内容が自己の意向にそぐわないものだとの理由で不満を抱えていたという事実はなかったとみられる」
キー局関係者はいう。
「誰が読んでもこの総括は無理があると感じるだろうが、第三者委員会などではなく、あくまで内部調査なので、このような結果になるのは当然。『最終的に放送された内容は原作者の意向に沿ったもの』という点を強調するための結論ありきの調査」
別のキー局関係者はいう。
「9・10話がオリジナルドラマでなければ、表面化するほどの問題には発展していなかっただろうが、制作が決まった最初の段階で日本テレビ、小学館双方ともに、重要な点を曖昧にしたまま、とにかくドラマ化ありきで企画スタートを優先させてしまった感がある。ドラマ制作は、いったんスタートしてしまえば、いろいろと問題が起こるものの“なんとかなる”ものなので理解はできるし、これだけ揉めたにもかかわらず最終話の放送にまでこぎつけたというのは事実であり、プロデューサーとしての職務は果たしているとはいえる。だが、報告書の経緯を読む限り、小学館サイドや脚本家サイドとのやりとり面でプロデューサーのハンドリングや詰めの甘さを感じのは否めない」
テレビドラマ制作関係者はいう。
「この業界では契約書が締結されないというのは普通のことであり、仮に契約書を締結していたとしても、どのレベルまでの改変を許容するのかどうかをあらかじめ契約書で明文化するのは困難なので、契約書を締結したからといって同様の問題の再発を防げるわけでなない。『必ず漫画に忠実に』『漫画に忠実でない場合は本件原作者がしっかりと加筆修正する』という条件について、日テレは提示された認識がないと言い、小学館は提示していたと言っているが、どこまで忠実にするのかを事前に定めることはできないし、脚本の内容がFIXしなければ最終的には著作権上の都合で原作者の意向に従う以外に方法はない。そもそも書面を取り交わしていなかったということなので“言った言わない”の次元の話。また、制作期間が6カ月ほどというのも一般的なので、制作期間的に問題があったわけでもない。
報告書を読んだ感想としては、ここまで原作者が脚本の内容に指摘を入れてくるというのはレアなケースとはいえるだろう。小学館は途中で、脚本家を原作者の意向をそのまま取り入れてくれるような若手に交代する案も提示していたということだが、確かに最初から脚本家がそのようなタイプであれば、これほど揉めなかっただろう。原作に厳格に忠実であることを求める原作者と実績豊富なベテランの脚本家という組み合わせとなる以上、今回のような問題は防ぎようがない」(6月1日付当サイト記事より)
「これで怖がっちゃいけない。安全にドラマを作る方法なんてない」
報告書には以下の同社プロデューサーの意見も掲載されている。
「(原作者サイドとの早期の契約について)テレビドラマ的な良さは失われてしまう気がする」
「契約でがんじがらめとなりできなくなる」
「これで怖がっちゃいけない。安全にドラマを作る方法なんてない」
「『原作どおり』はあり得ないから、改変?は必然」
また、「在京各社元ドラマプロデューサー」の意見として以下も記載されている。
「クリエイティブな件に関して契約書にするべきではない」
「中身に関して『できるだけ忠実に』と書いてあっても、できるだけというのは曖昧。だから、そんなものは契約書にならない」
「制作におけるチェックリストの作成も非常に難しい問題。そういうものができてしまうと、何でも規則みたいになる」
「放送局としてはまず第一に社員を守ることが仕事」
(文=Business Journal編集部)