昨年10月期の連続テレビドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)で、原作者・芦原妃名子さんの意向に反し何度もプロットや脚本が改変されていたとされる問題。先月29日に芦原さんが亡くなって10日が経過した今月8日、原作漫画の出版元で芦原の原作代理人として日本テレビとの契約ややりとりの窓口だった小学館はコメントを発表。そのなかで
<私たち第一コミック局編集者一同は、深い悲しみと共に、強い悔恨の中にいます>
<是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます>
<私たちは対策を考え続けます>
などと綴ったが、詳しい経緯や再発防止策など具体的な内容が書かれていないという批判も出ている。また、日本テレビと小学館がこうした具体的な情報を発信しないことが、さまざまな憶測や報道が飛び交うという最悪の事態を招いていると専門家は指摘する。
日本テレビは芦原さんの訃報に際し先月29日と30日に
<2023年10月期の日曜ドラマ『セクシー田中さん』につきまして日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております>(先月29日)
<日本テレビとして、大変重く受け止めております。ドラマ『セクシー田中さん』は、日本テレビの責任において制作および放送を行ったもので、関係者個人へのSNS等での誹謗中傷などはやめていただくよう、切にお願い申し上げます>(先月30日)
とするコメントを発表。小学館も30日に
<先生の生前の多大なご功績に敬意と感謝を表し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。先生が遺された素晴らしい作品の数々が、これからも多くの皆様に読み続けられることを心から願っております>
とのコメントを発表したが、以降、両社とも沈黙を守ってきた。詳細な経緯の説明を求める声が高まるなか、今回発表されたコメントで「第一コミック局編集者一同」は
<私たち第一コミック局編集者一同は、深い悲しみと共に、強い悔恨の中にいます>
<私たちにもっと出来たことはなかったか。個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります。そして今後の映像化において、原作者をお守りすることを第一として、ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます>
<プチコミック編集部が芦原妃名子先生に寄り添い、共にあったと信じてくださったこと、感謝に堪えません。その優しさに甘えず、これまで以上に漫画家の皆様に安心して作品を作っていただくため、私たちは対策を考え続けます>
<それでもどうしてもどうしても、私たちにも寂しいと言わせてください。寂しいです、先生>
などと綴っている。これに対し多くの漫画家から評価する声もあがる一方、会社として詳細な経緯の調査とその公表が求められるなかで、「ただのお気持ちの表明になっている」「不十分」「言い訳でしかない」といった声もあがっている。
第三者委員会の設置が不可欠
コメント文としては、どう評価されるか。危機管理・広報コンサルタントで、長年、企業・自治体の管理職向けに模擬緊急記者会見トレーニングや危機管理広報、SNSリスク対策研修・セミナーの講師なども手掛けてきた平能哲也氏はいう。
「亡くなった芦原さんに対する気持ちの入った文章で、その点では読者の心に響いてくるコメント文だと思う。また、小学館が社員向けに一連の経緯について『外部発信する予定はない』と説明した後に、結果的に現場編集者が外部に発信したこと自体は評価できるのでは。その一方、著作権などについて、あらためて原則的なことのみを述べている印象も受ける。また、以下の部分、特に<>部分が気になる。
・私たち編集者がついていながら、このようなことを感じさせたことが<悔やまれてなりません>。
・二度と原作者がこのような思いをしないためにも、「著作者人格権」という著者が持つ絶対的な権利について周知徹底し、<著者の意向は必ず尊重され、意見を言うことは当然のことであるという認識を拡げることこそが、再発防止において核となる部分>だと考えています。
・勿論、これだけが原因だと事態を単純化させる気もありません。<他に原因はなかったか。私たちにもっと出来たことはなかったか。個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります>。
・そして今後の映像化において、原作者をお守りすることを第一として、<ドラマ制作サイドと編集部の交渉の形を具体的に是正できる部分はないか、よりよい形を提案していきます>。
再発防止、検証、是正、提案といった前向きの言葉は、それを実行・実現することで初めて実を結ぶものだが、具体策が一つも示されていないのはメッセージとして弱い。もっとも、これらを実行するとなると編集者だけの力では困難だ。今後の小学館や日本テレビの企業としての対応姿勢が問われるだろう。再発防止策を策定、実行するには、まずは今回どういう経緯だったのかを公表するのが不可欠だ」
今回のコメントをめぐり多くの疑問が寄せられているのが、会社としてではなく、漫画誌「プチコミック」を担当する「第一コミック局編集者一同」名義で発表されている点だ。声明はまず「プチコミック」公式サイト上で公表され、小学館は会社の公式サイトで<芦原先生にご寄稿いただいていた『姉系プチコミック』が所属する小学館第一コミック局の声明がございます>と前置きしてそれを引用する形態を取っている。ちなみに同社は社員向け説明会で、経緯などを社外に発信する予定はない旨を説明しているが、今回のコメント発表後に同社は「Sponichi Annex」記事の取材に対し「方針は変わっていない」と回答しており、対外的に経緯を説明する予定はないとしている。
前出・平能氏はいう。
「適切とはいいがたいが、前述のような会社の方針であれば、今回のケースでは致し方ないのでは。今回のコメントは現場からの切実な訴えといえるだろう」
日本テレビと小学館が共同で第三者委員会を設置すべき
日本テレビと小学館が今、取るべき対応とは何か。
「旧ジャニーズ事務所問題などと同様、利害関係のない客観的かつ冷静な視点をもった外部有識者による第三者委員会を設置して、今回の件に関わった多くの関係者(日本テレビ、小学館、脚本家など)にヒアリングをして、具体的かつ時系列の事実関係を調査し、報告書を作成し対外的に公表する以外にないのではないか。SNSをはじめとするインターネット上で数多くの報道や意見、コメントが飛び交っているのは、日本テレビと小学館が具体的な経緯を明らかにしていないことが主な原因だ。ドラマ放送に至るプロセスで事前に原作者と脚本家の話し合いがあったのかなど、事実関係に関する情報が公表されないなかでは、各個人の意見が推測や憶測をともなうものになるのは当然だ。危機管理の視点では、このような憶測が飛び交う状況を招いてしまったのは最悪といえる。これを収束させるには、第三者委員会の調査、報告書の作成と公表が最も有効な対応だと思われる。また、第三者委員会は日本テレビと小学館が共同で設置する必要がある。そうしなければ、正しく経緯を把握することは困難だからだ」(平能氏)
今回の問題は、旧ジャニーズ事務所やダイハツ、豊田自動織機の不祥事の例と同様に第三者委員会を設置する必要性がある事案といえるのか。
「原作者とテレビ局のドラマ制作サイド、脚本家の意見が食い違い、原作者が亡くなるというのは極めて異例の事態。また、この問題は日本テレビと小学館だけにとどまらず、日本のテレビ業界・出版業界全体に影響する事案であり、再発防止という観点でも、しっかりと第三者委員会を設置して調査・結果の公表をすべきといえる」
日本テレビの姿勢
今回の問題では、芦原さんが提示していた条件が、きちんと日本テレビ側、さらには脚本家の相沢氏に伝えられていたのかどうかという点も焦点となっている。芦原さんは、ドラマ化を承諾する条件として日本テレビ側に、必ず漫画に忠実にするという点や、ドラマの終盤の「あらすじ」やセリフは原作者が用意したものを原則変更しないで取り込むという点を求めていたとされる。これについて小学館はコメント内で、
<ドラマ制作にあたってくださっていたスタッフの皆様にはご意向が伝わっていた状況は事実>
と説明。一方の相沢氏は8日にインスタに投稿した文章内で
<芦原先生がブログに書かれていた経緯は、私にとっては初めて聞くことばかりで、それを読んで言葉を失いました。いったい何が事実なのか、何を信じればいいのか、どうしたらいいのか>
<もし私が本当のことを知っていたら、という思いがずっと頭から離れません。あまりにも悲しいです。事実が分からない中、今私が言えるのはこれだけです>
と説明。両社の主張は大きく食い違っている。
【これまでの経緯】
『セクシー田中さん』の制作にあたっては原作者の芦原さんは、ドラマ化を承諾する条件として日本テレビ側に、必ず漫画に忠実にするという点や、ドラマの終盤の「あらすじ」やセリフは原作者が用意したものを原則変更しないで取り込むという点を求めていたとされる。芦原さんが1月にブログなどに投稿した文章によれば、何度も大幅に改変されたプロットや脚本が制作サイドから提出され、終盤の9〜10話も改変されていたため芦原さん自身が脚本を執筆したという。
問題が表面化したのは昨年12月のことだった。脚本を担当する相沢友子さんは自身のInstagramアカウントで、
「最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態で困惑しましたが、残念ながら急きょ協力という形で携わることとなりました」
「今回の出来事はドラマ制作の在り方、脚本家の存在意義について深く考えさせられるものでした。この苦い経験を次へ生かし、これからもがんばっていかねばと自分に言い聞かせています。どうか、今後同じことが二度と繰り返されませんように」
と投稿。9話・10話の脚本は自身が担当していない旨を説明した。
これを受けさまざまな憶測が飛び交うなか、1月に芦原さんは自身のブログ上で経緯を説明。ドラマ化を承諾する条件として、制作サイドと以下の取り決めを交わしていたと明かした。
<ドラマ化するなら『必ず漫画に忠実に』。漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正をさせていただく>
<漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様『原作者があらすじからセリフまで』用意する。原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたい>
芦原さんは、これらの条件は<脚本家さんや監督さんなどドラマの制作スタッフの皆様に対して大変失礼な条件>であると認識していたため、<この条件で本当に良いか>ということを原作漫画の発行元である小学館を通じて日本テレビに何度も確認した上でドラマ化に至ったという。
だが、実際に制作が進行すると毎回、原作を大きく改編したプロットや脚本が制作サイドから提出され、
<漫画で敢えてセオリーを外して描いた展開を、よくある王道の展開に変えられてしまう>
<個性の強い各キャラクター、特に朱里・小西・進吾は原作から大きくかけ離れた別人のようなキャラクターに変更される>
といったことが繰り返された。そして1~8話の脚本については芦原さんが加筆修正を行い、9~10話の脚本は芦原さん自身が執筆し、制作サイドと専門家がその内容を整えるというかたちになったという。
(文=Business Journal編集部、協力=平能哲也/危機管理・広報コンサルタント)