手ごろな価格がウリのセルフ式そばチェーン「名代富士そば」が、一部店舗で2300円の「DX柔らかポークの薬味たっぷり玉子丼」を発売。これが「インバウン丼」だとしてSNS上で話題を呼んでいる。白飯に卵と豚肉が乗るシンプルな丼物にしては強気な価格設定となっている点も注目されているが、金額の妥当性をどう評価すべきか。また、低価格がウリの「富士そば」が割高な価格の料理を提供し始めた理由はなんなのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
首都圏の駅前を中心に出店し、23~24時間営業の店舗が多い富士そばは、メニューの安さや提供スピードの速さで知られる。1966年に「そば清」としてスタートした同チェーンは、2013年に国内100店舗を達成し、最盛期には130店舗以上にまで拡大した。しかし、20年以降は閉店が相次ぎ、現在は約100店舗ほどとみられる。
「富士そばはビジネス街近くの駅前に多くの店を構えている都合上、駅利用者の数に売上を左右されるビジネスモデルとなっています。セルフ式そばチェーン店は価格の安さ、提供の速さを売りに、休憩時間の限られているビジネスパーソンをメインターゲットに据える業態です。売上アップのためには回転率を上げ、とにかく客数を稼がなくてはいけません。したがって、必然的にビジネスパーソンで溢れかえる駅前への出店は必要不可欠となります。そうしてコロナ禍前はまだ客数を確保できていたのですが、コロナ禍に入った途端、外出自粛がアナウンスされ、リモートワークが急速に普及したこともあり、富士そばのような営業スタイルは売上を維持することが難しくなりました」(重盛高雄氏/フードアナリスト/23年9月10日付当サイト記事)
富士そばのメニュー価格は以下のとおり。
・かけそば:420円
・天ぷらそば:570円
・もりそば:420円
・冷したぬきそば:520円
・カレーライス:500円
・かつ丼:580円
外食チェーン関係者はいう。
「一昔前の立ち食いそば屋を知っている人たちは『だいぶ高くなった』という印象を持つだろうが、『安くはない』水準といえる。他のセルフ式そばチェーンと比べて安いというわけではなく、『ゆで太郎』と違って基本的には全店共通の無料クーポン券などはない。牛丼チェーンに行けば400円ほどで牛丼をがっつり食べられるし、『かつや』に行けば、ほぼ同じ価格でもっとクオリティの高い『カツ丼』が食べられ、富士そばは選ばれにくくなっていると感じる。先日、ある店舗で『もりそば』を食べたが、つけ汁がキンキンに冷えすぎていて、そばの麺もパサパサで、お世辞にもおいしいとはいえず、420円でも損をしたと感じた。
もっとも、世間的には『そば=安い』というイメージがあるが、昨今の原材料価格の高騰を受けて、そばの原価が上昇しているという致し方ない要因があるのも事実」
そばの原材料価格の上昇は激しく、7日付け「FNNプライムオンライン」記事によれば、都内のある立ち食いそば店では、昨年と比べて天ぷらに使うイカゲソが10%、あげ油が11%、「わかめ」が5%、「みりん」が12%、「しょうゆ」が20%、かつお節が50%も上昇しているという。
一般的な飲食店の材料費率は約30%
そんな富士そばが2300円の「DX柔らかポークの薬味たっぷり玉子丼」を発売したことが話題に。「富士そば 秋葉原電気街店」限定のメニューで、同店舗では「DX薫るトリュフソースの角煮スライス丼セット」(1200円)も提供。立地的に外国人観光客が多い店舗だけにSNS上では「インバウン丼」と呼ばれている。
まず、この玉子丼の2300円という金額の妥当性をどう評価すべきか。自身でも飲食店経営を手掛ける飲食プロデューサーで東京未来倶楽部(株)代表の江間正和氏はいう。
「一般的な飲食店の材料費率は約30%ですので、2300円だと材料費は690円くらいということになり、これが最初の判断基準ラインになります。そして、他では食べられないメニューなのか、素材に希少性はあるのか、自宅でつくれるか、つくるのが面倒か、味はどうか、など、お客さんの心理的な要素が加わり、高く感じるか安く感じるかが判断されることになります。同じボリュームでも、安い肉や米、卵を使えば売値1000円くらいでも販売可能だと思いますが、2300円で販売するからには、材料の質や手間など相応の理由があるのだと思います。もちろん、観光地価格的なインバウンド価格、話題性のための料金設定など、プラスアルファの部分で割高に設定されている可能性もありますが、食べた人の判断によるでしょう」
インバウンド価格を設定する飲食店は増えているのか。
「場所によります。秋葉原や築地といったインバウンドが多く見こまれる場所や、何か目的があってネットで事前に調べて来る人が多い場所は、外国人観光客が喜びそうなメニューを用意し、相応の価格設定するところが増えています。一方、あまり外国人が訪れない場所ですと、中途半端にインバウンド用のメニューを用意しても、売れなければ手間(オペレーションの増加)やロスが発生し逆効果となってしまいます」
インバウンド価格の料理が高価格である理由
インバウンド価格の料理は、原価の割には価格が高く設定されているのか。
「高めに設定されることが多いと思います。理由としては、多くの外国人観光客は、
・そのとき、その場限りの時間を過ごす
・料理に見合った適正な価格がよくわからない・旅行ということで財布の紐が緩みやすい
といった点が挙げられます。『せっかく日本に来たのだから、コストをかけてでもいいもの、おいしいものを提供してあげよう』という真面目なお店が、材料費の積み上げから売値を計算した結果、販売価格が高くなるというケースもあるでしょう。お祭りの屋台価格や観光地価格があるのと同じ理由で、インバウンド価格が存在するのだと思います」
安いほうが、より多く売れるため、あえて割高なインバウンド価格のようなものを設定する必要はないという考え方もあるかもしれない。また、日本人客離れも起こす懸念も感じられるが、飲食店がそのようなインバウンド価格を設定する理由は何なのか。
「理由はシンプルで『そのほうが儲かるから』です。イートインの場合、席数が限られているので『できるだけ高く、より多く売る』ほうが儲かります。ランチタイムに1000円のランチを40食売ると4万円の売上で、1500円のランチを30食売ると4万5000円の売上となります。販売数が減っても売上は増えますし、労力や諸経費も減ったりします。また、店舗の全商品をインバウンド価格にするのはリスクが伴いますが、一部インバウンド価格の商品を用意して、お客さんに選んでもらうのであれば、選択肢は広がり利便性が増すことになります。質のいいものを使ったり、ボリュームを増したり、正当な理由があってお客さんが納得するような高額商品なら、日本人でも選ぶ人もいることでしょう。しかし理由のない『ぼったくり』のような商品でしたら、国内のみならず海外にもインターネットやSNS上の口コミによって悪い評価が広まりマイナス効果が生じるため、適正価格で勝負したほうがよいでしょう」
(文=Business Journal編集部、協力=江間正和/東京未来倶楽部(株)代表)