昨年10月期の連続テレビドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)で、原作者・芦原妃名子さんの意向に反し何度もプロットや脚本が改変されていたとされるトラブルが表面化し、芦原さんが死去した問題をめぐり、日本テレビ、および芦原さんの原作代理人である小学館は調査報告書を公表した。それぞれ100ページ近い厚い内容になっているものの、双方が発表している内容は微妙に食い違う。芦原さんの死からすでに半年が経とうとしており、その後も漫画や小説などを原作とするドラマの制作が各局で続けられている。『セクシー田中さん』問題からテレビ局が学ぶべき教訓とは何なのか。元日本テレビ・ディレクター兼解説キャスターで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏に解説してもらう。
日本テレビと小学館の調査報告書はどこが違うのか
漫画や小説などを原作とするドラマやアニメ、映画などの映像作品を放送したり、配信コンテンツにしたりという2次利用や3次利用がますます多くなっています。人気がある原作本はすでに一定のファン層もいるので、映像化すればそれなりに成功する素地があります。制作者側にとっては、ある程度、成功が計算できるわけです。設定や物語が斬新なケースも少なくないので、テレビや映画の制作者たちにとっては「よい原作をいち早く発見してゲットする」ことが至上命題になっているという実態があります。一方で、出版社としても、ドラマや映画になることで脚光を浴びれば原作の本が売れることにもつながります。このため、原作のドラマ化・映画化は双方にとってプラスになるので、双方は「持ちつ持たれつ」の関係ということができます。
そうしたなかで起きた『セクシー田中さん』問題。本来は足並み揃えて進めていくべき小学館と日本テレビが、原作の映像化にあたって互いに了解していたと認識していた内容が微妙に食い違っていたことが報告書で明らかになりました。さらに小学館が原作者に対して、また日本テレビが脚本家に対して説明をしていた内容にも温度差があったことも明らかになりました。
両者の報告書は弁護士が入って調査・検証したものであり、「事実」がかなり細かく列記されていますが、大きく違う点があります。要約すれば、小学館が「原作者の権利」である同一性保持権を絶対視するスタンスであるのに対して、日本テレビは必ずしもそうとはいえないというスタンスである点です。同一性保持権は著作者人格権の一部で、作者が自分の著作物やタイトルに同一性を保持する権利で、著作者の意思に反して勝手に改変されたりしない権利です。小学館の調査報告書では、この権利を重視し、「必ず原作に忠実に」「(漫画本が完結していない段階でドラマ化したためにオリジナル脚本となってしまう)終盤は原作者が書くこともありうる」という原作者が示した条件を日テレ側にも伝えたとしています。他方、日本テレビ側の報告書では、担当者にはそうした条件を出されたという認識がなく、そのことを脚本家にも説明していなかったとしています。
ドラマ制作をめぐる実際の交渉では、原作者の芦原さんは日本テレビ側とのやりとりには直接は出てこず、小学館の担当者が代理人として交渉していました。小学館の報告書では「原作が持つ世界観をできる限り尊重する」という立場で交渉に臨んだことや、芦原さんが原作の「世界観」に対するこだわりを見せ、「キャラの言動不一致」「キャラの崩壊」「キャラブレ」があるかどうかに神経質なほど反応したことが記されています。ブレを許してしまうとして脚本家への不信感を募らせていった経過も記されています。
他方で、日本テレビ側は漫画をドラマにするにあたって「原作をある程度改変するのは当然」という姿勢です。これは2次元の漫画と3次元の実写ドラマとではメディアの性質上の大きな違いがあるからです。日テレの報告書に「ドラマ化するための演出の都合等によって、改変が必要になってくる」と明記されていることからもはっきりしています。そうした双方の認識の差が埋まらないまま、最終的にはそれまでの脚本家では納得できないと芦原さん自身が終盤である9話と10話の脚本を書くことになりました。脚本家もここで突然外された格好になり、SNSで不快感を表明する事態にもなりました。
双方の報告書を読む限り、さまざまな点での了解事項の認識の違いやコミュニケーション上のすれ違いが重なったことが問題の背景にあったことがわかります。報告書には「不誠実」などと相手側を非難する表現も見られますが、そうなる前に何が必要だったのかを冷静に提示し合うことが必要だったと思います。
共通する再発防止策も…今後の「判例」になるとはいえない理由
日本テレビと小学館の双方の調査報告書には再発防止策として、契約書を早期に作成することや、交渉での確認事項を「相談書」などの文書で共有化すること、原作者と番組制作者が直接面談することなど、共通するような提言が示されています。確かに技術的には、そうしたことがマニュアル化されれば、今後、担当者はトラブルを防止するための細かいチェックができるようになります。
ですが今回いろいろなテレビ局の関係者に聞いてみると、この問題に対する見解は局によってかなり温度差があることもわかりました。ある民放キー局のドラマ関係者は「もちろんウチでは絶対に同じことが起きないなどとは言えませんが」と前置きしながらも、原作がある漫画や小説などをテレビドラマ化する際にトラブルが起きないための対策を独自に講じていると明かしました。原作者や出版者と番組制作側との交渉には必ず法務部が関わるようにしているといいます。法務部は、会社に対する正式な抗議文書が来たり、訴訟沙汰になったりした時に対処する部署で、弁護士資格を持った社員が常駐する会社も少なくありません。この局にはこうした著作権に関係する交渉ごとを長く経験しているベテランの社員がいて、今回のようなケースにならないように早めに目を光らせているというのです。いわば、ベテラン社員の関与という「人間のチカラ」で同様な問題の再発防止を図っているといえます。
テレビの世界では番組の放送に関する不祥事が起きてBPO(放送倫理・番組向上機構)で議論されるようなケースになると、どうしても自社で検証した「調査報告書」を公表して細かい点までマニュアル化して再発防止を図る傾向が強まっています。BPOの放送倫理検証委員会も、日本テレビや小学館の報告書について6月14日の委員会で議論した内容を公表しています。そのなかには「ある程度の条件を互いに都合の良い解釈をしている可能性があり、この業界の根本的な問題点のような気がする」という意見もありました。この意見のように、自分たちから見た事実を「都合の良い解釈をしている」という印象はありました。BPOの放送倫理検証委員会は“放送倫理の要”として「放送局が自主的・自律的に問題を検討し、解決への道を図ることが望ましい」と考えているとしつつ、各委員の意見を並べるだけで終わらせています。その後の7月12日の委員会では、放送人権委員会がすでに審理入りを決めているテレビ東京の『激録・警察密着24時!!』についても放送倫理違反の疑いがあるとして審議入りを決めました。『セクシー田中さん』については、確かに「ドラマの内容自体に放送倫理上の問題があるわけではない」かもしれませんが、原作者の死という重大な結末を考えると、再発防止の意味からも、委員会として放送局がどのように考えるべきなのかをもっと明確に示したほうがよかったのではないかと思います。今後の委員会での議論に期待したいところです。
ドラマの現場の自転車操業状態
筆者が今回、テレビ関係者たちへの聞き取りを行ったところ、ネット配信でスピンオフなどの制作もするのが当たり前のような時代に入って、地上波のテレビドラマの制作現場はますます悲惨な状況になっているという声を数多く聞きました。極端にいえば、月曜に台本が届き、火・水に収録して、木・金で編集や音声調節をして土曜には放送する、というような「自転車操業」が蔓延(まんえん)していて、制作現場に余裕がないと口を揃えます。そうなってしまうと脚本の修正をめぐって原作者の側と、ドラマ制作をする脚本家や制作スタッフとの間で丁寧なやりとりをすることはますます困難になってしまいます。
日本テレビの報告書のなかにも出てきた番組の制作期間や準備期間の「時間のなさ」が背景には大きく横たわっています。ドラマの制作においても、Netflixなどの国際的な配信事業者が潤沢な予算や制作期間などでゆとりを見せるのに対して、国内のテレビ局や映画会社などは時間的にも予算的にも逼迫(ひっぱく)しつつあるといわれています。民間放送の収入構造がますます厳しくなるなか、どのようにして時間的な余裕や金銭的な余裕をつくっていけばいいのでしょうか。そんな大きな課題があるなかで起きたのが『セクシー田中さん』の問題でした。原作者が持つ「世界観」を尊重しながら、どのように映像作品をつくっていくのかという課題は、これからも大きな宿題としてテレビ界と出版界の間に今も残されているといえます。
(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学教授)