福島から「宇宙版LCC」を目指す…AstroX、“空中発射ロケット”で民間初の宇宙到達へ

●この記事のポイント
・気球でロケットを成層圏まで運び空中発射する「Rockoon(ロックーン)」方式で、2026年度中に民間世界初の宇宙空間到達を目指すAstroXが、サブオービタルミッション「FOX2」を発表。
・創業者の小田翔武CEOはIT起業家出身。GAFAMに「勝てない構造」を痛感したことが、宇宙産業への転身を決意させた。
・福島・南相馬を拠点に選んだ背景には、震災を経た地域への深い思いがある。「みんなが上を向いた」という言葉が、ビジョンの根底にある。
宇宙ロケットといえば、巨大な発射台から轟音とともに打ち上がるイメージが一般的だ。だがその常識を根本から覆そうとしているスタートアップが、福島県南相馬市にある。
AstroX株式会社が開発するのは「Rockoon(ロックーン)」と呼ばれる方式のロケットだ。大気球でロケットを高度20〜25キロの成層圏まで運び、そこから空中発射する。地上発射に比べてエネルギー効率が高く、コストを大幅に削減できる。どこからでも放球できる機動性も、従来のロケットにはない強みだ。
同社は2026年5月26日、東京・上野のオフィスで記者会見を開き、2026年度中の実施を目指す「サブオービタルミッション」を初公開した。使用するロケット「FOX2」の概要とともに、代表取締役CEOの小田翔武氏と取締役CTOの和田豊氏(千葉工業大学教授)が登壇した。
●目次
- IT起業家が宇宙に転じた理由――「勝てない構造」への憤り
- Rockoonとは何か――常識を覆す”空中発射”の仕組み
- 逆境が証明した姿勢制御技術
- 「みんなが上を向いた」――南相馬にこだわる理由
- 商用化まで「まだ30%」――それでも前に進む理由
IT起業家が宇宙に転じた理由――「勝てない構造」への憤り

小田翔武氏のキャリアは、宇宙とは無縁のところから始まった。大学院を中退後、IT系企業を複数立ち上げ、売却。その経験の中で、ある壁に何度もぶつかり続けた。
「IT系の会社を経営していた中で、やっぱりGAFAMやアメリカのテック企業がプラットフォームやインフラを抑えていて、どれだけいいものを作っても、彼らのクラウドで作って、彼らのプラットフォームでリリースしてという、勝てない構造ができているなと痛感していました」
どれだけ知恵を絞っても、土台そのものを外資に握られている。その閉塞感は、ひとりのIT起業家の個人的な不満ではなかった。日本のデジタル産業全体が長年抱えてきた構造的な問題だ。
1980年代後半、世界の時価総額ランキングトップ50のうち、半分近くを日本企業が占めていた時代があった。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と世界が驚嘆したあの頃は、今の若い世代にはもはや遠い神話のように映る。失われた30年という言葉が示すように、日本はその輝きをいつの間にか手放してしまった。
しかし小田氏は、そこに可能性を見た。宇宙産業という、まだ誰もインフラを握っていないフロンティアを。
「宇宙産業の伸びとポテンシャルを知って、日本として地理的・技術的優位性は実は世界一と言っても過言ではないぐらいある。ただ、そのポテンシャルがあってもインフラを持てていないためスケールできていない。我々がロケットというインフラを作ることで、また世界に憧れられる日本を作りたいという思いでこのビジョンを掲げています」
ITで痛感した「プラットフォームを持つ者が勝つ」という構造。その悔しさを、今度は宇宙で逆転させる。2022年、小田氏はAstroXを創業した。
Rockoonとは何か――常識を覆す”空中発射”の仕組み
「Rockoon」とは、Rocket(ロケット)とBalloon(気球)を組み合わせた造語だ。アメリカのヴァン・アレン博士がこの方式を使い、放射線帯の発見という歴史的成果を残したのが始まり。日本でも宇宙開発の父・糸川英夫が挑んだ歴史がある。
しかし、民間企業がこの方式で実際に宇宙空間到達を成功させた例は、世界にまだ一つもない。
ロケット開発において、最も難しく、最もコストがかかる部分はどこか。それは打ち上げ直後、地上から高度10〜15キロまでの大気圏を突破する瞬間だ。空気抵抗が最大になるこの「最大動圧点」を越えるために、従来のロケットは膨大なエネルギーと頑丈な機体構造を必要とする。開発費が跳ね上がるのも、失敗リスクが高いのも、突き詰めればここに原因がある。
Rockoonは、その最難関をまるごとカットする。気球でロケットを成層圏まで運び、空気がほとんど存在しない場所から発射する。エネルギー効率が格段に上がり、機体にかかる負荷も激減する。
「成層圏発射により空気抵抗をほぼゼロにした状態で点火できるため、エネルギー効率が格段に上がります。1打ち上げ約5億円という価格での提供を想定しています」
さらに、地上の開けた場所であればどこからでも放球できる。発射場の確保に悩む日本の宇宙開発において、この自由度は革命的だ。衛星事業者が求める場所・時期に応じられる柔軟性は、他のロケットにはない武器となる。
今回のミッションで使用するFOX2ロケットは、2024年に南相馬から地上発射した「FOX1」をベースに、成層圏での発射環境に対応するよう改良を重ねた単段式ハイブリッドロケットだ。全長5メートル、推力約12キロニュートン。すでに高知工科大学との輸送契約が結ばれており、「第1号ロケットから顧客がいる状態で打ち上げる」という点も、開発段階のスタートアップとしては異例の強さだ。
世界市場に目を向ければ、宇宙の活用規模は2035年に269兆円に達すると予測されている。小型衛星の需要は急拡大しているが、打ち上げ能力の供給はまったく追いついていない。スペースXでも2〜3年待ちという状況が続くなか、日本からの低コスト・高頻度打ち上げというAstroXのビジョンは、単なる技術開発の話ではなく、産業インフラの話だ。
逆境が証明した姿勢制御技術
Rockoon技術の心臓部は、姿勢制御装置にある。成層圏という足場のない空中で、ロケットを正確に狙った方向へ向け、安定した飛翔を維持し続ける。これを実現するCTOの和田豊氏は、千葉工業大学教授として長年この技術の研究を続けてきた研究者だ。CMG(コントロールモーメントジャイロ)を用いた独自システムの実用化に成功し、AstroX創業の技術的な柱となっている。
今年2月、その姿勢制御装置の実証実験として、ロケットを吊り下げた状態での発射試験が行われた。しかし、使用した燃料棒が点火直後に破損。ロケットは正常な飛翔に至らなかった。
この「失敗」について、記者会見の質疑で問われた和田氏は、経緯を包み隠さず話した。その上で、思わぬ言葉を続けた。
「使用した燃料棒は既製品で、以前から不具合の報告はありました。ただ、破損したことで横方向にも推力が発生するという、通常では起きない状況になりました。そのイレギュラーな力を、姿勢制御装置が自動的に抑え込んだデータが取れたんです。結果的に、非常に安定性の高い仕組みを開発できていることを実証できました」
予定外の失敗が、予定外の証明になった。宇宙開発の現場には、こういう逆転がある。想定外の事態に直面したとき、技術は本当の強さを見せる。和田氏の言葉には、その確信が滲んでいた。
4年間、コンポーネントごとの試験を積み上げてきたAstroXが、今回初めて「全てを統合して成層圏で打つ」段階に到達した。技術の積み上げは、派手ではない。しかし確実だ。
「みんなが上を向いた」――南相馬にこだわる理由
そんな同社だが、拠点はなぜ東京ではなく、福島県南相馬市なのか。
小田氏は創業時、全国で候補地を探したという。実験に使える広大な土地、技術開発への行政の予算、そして意思決定の速さ。南相馬はその全てが揃っていた。行政との連携スピードは、ベンチャーにとって死活問題だ。その点でも、南相馬の動きは「一緒のスピード感でやっていただける」と感じさせるものだったという。
しかし、小田氏がこの地への思いを語るとき、合理的な理由を超えた何かがにじみ出てくる。
「2024年の打ち上げ実験の際、県内外から400人ぐらいの方が見学に来てくださって。その中に、15年前の震災を経験した地元の方がいらっしゃいました。ロケットが上がるのを見て、その方がこうおっしゃったんです。『15年前に全てがなくなって、みんなが下を向いていたあの場所で、みんなが上を見るとは思わなかった』と」
ロケットが空に向かうとき、人は物理的に上を見る。それだけのことかもしれない。しかし15年間、下を向き続けた場所でその瞬間が訪れたとき、それはもう「物理」の話ではなかった。
「勝手に日本を背負ってやっているつもりなんですけども、それ以外にも南相馬のいろんな方の思いを背負って応援してもらっているなという思いがあります。福島から宇宙産業、新しい産業ができて技術力を証明するというのが、日本だけじゃなくて世界にもすごいインパクトがあると思っています」
同社が掲げる「ジャパン・アズ・ナンバーワンを取り戻す」というビジョンは、華やかなスローガンではない。ITの世界で「勝てない構造」に歯を食いしばった経験と、震災を経た土地でロケットを見上げた人々の表情が、その言葉の中に詰まっている。
商用化まで「まだ30%」――それでも前に進む理由
2026年度中のサブオービタル到達(高度100km)、2029年のオービタルロケット成功、2030年代からの衛星打上げ事業の商用化――。ロードマップは明確だ。しかし、ゴールまでの道のりはまだ長い。
商用化を100%とした場合、今どのあたりにいるのか。この問いに、小田氏は迷いなく数字を口にした。
「20〜30%というところだと思います。サブオービタルミッションが成功できるかどうかが、まだこれから控えている大きな関門ですので」
この率直さが、AstroXという会社の誠実さを物語っている。数字を盛らない。過大な期待を煽らない。それでいて、諦めていない。
累計調達額は23.2億円(シリーズA含む)。みずほ銀行、三井住友銀行からのデット調達も受けており、財務基盤は一定の厚みを持つ。次のラウンドはサブオービタルミッション終了後を見据えており、上場については「資金調達の一手段として視野に入れているが、目標ではない」と明言した。
宇宙ロケットの開発は、世界でも「お金が溶ける」事業として知られる。それでも創業4年で現在のマイルストーンに到達できたのは、Rockoonという方式が持つ本質的な合理性と、南相馬という土地が与えてくれた開発環境、そして何より「勝てない構造を変えたい」という創業者の執念があったからだ。
記者会見を終え、囲み取材の場で小田氏はこう語った。ITの世界でGAFAMの支配に「溺れている人が多い」と感じてきたからこそ、この宇宙という産業に日本の未来を見ている、と。
技術は着実に積み上がっている。南相馬の空に、ロケットが向かう日が近づいている。その瞬間、また誰かが上を向く。それだけで、この挑戦には十分な意味がある。
(取材・文=昼間たかし)











