「焼肉店倒産57件」と「焼肉きんぐ最高益」の同時進行…明暗を分けた3つの経営判断

●この記事のポイント
焼肉店倒産が2025年度に過去最多57件を記録する一方、「焼肉きんぐ」運営の物語コーポレーションは経常利益が前年同期比33.7%増の91.2億円と最高益を更新。明暗を分けたのは規模ではなく、4000円という絶妙な価格設計、配膳DXと接客アナログ化のメリハリ、郊外ドミナント戦略という3つの経営判断だった。
2025年度(2025年4月〜2026年3月)、焼肉店の倒産件数は57件(前年度比14.0%増)に達し、東京商工リサーチが統計を開始した2008年度以降で過去最多を記録した(2026年4月発表)。倒産した企業の約9割は資本金1000万円未満の小・零細店舗だが、近年は負債1億円以上の中規模事業者への波及も顕著になってきており、業界全体に「体力差」ではなく「構造的な問題」が浮かび上がっている。
その一方で、鮮烈なコントラストがある。焼肉食べ放題チェーン「焼肉きんぐ」を主力とする物語コーポレーションが、2026年6月期第3四半期(2025年7月〜2026年3月)の連結経常利益を前年同期比33.7%増の91.2億円に拡大させ、通期計画に対する進捗率は86.1%に達している。5月の決算発表翌日には株価が一時ストップ高まで急騰した。
この明暗の差を、「大手だから仕入れコストが安い」という規模の論理で片付けることはできない。牛肉の価格高騰や光熱費・人件費の上昇という「外部環境の悪化」は、勝ち組にも負け組にも等しく降りかかっている。明暗を分けたのは、経営陣による「値決め(プライシング)」の哲学と、「コストをかける場所の取捨選択」の差である。
●目次
- 「安さ」で勝負した店が自滅した構造的理由
- 「4000円」という絶妙なプライシングが生む「お得感」の設計
- 「捨てるDX」と「尖らせるアナログ」——コスト配分の最適化
- 「郊外×ドミナント」が生む不況耐性
- コスト高の時代に問われる「3つの問い」
「安さ」で勝負した店が自滅した構造的理由
焼肉業界には2つの悪材料が重なった。ひとつは円安による輸入牛肉の価格高騰。帝国データバンクの試算によると、ロイン・かた・ばらといった人気部位の平均原価は2020年比で7割超も上昇した。もうひとつは電気・ガス代と最低賃金の継続的な引き上げだ。
これほどのコスト増に直面しても、多くの個人店・中小チェーンが十分な値上げに踏み切れなかった。理由はシンプルで、「価格を上げると客が離れる」という恐怖である。
この構図は、外食業界に特有の「薄利多売の呪縛」と呼べる。低価格を競争優位の源泉としていた店ほど、価格の弾力性が高い客層——つまり「安さだけを目当てに来る客」に依存していた。そこで値上げに踏み切ると離反が起き、値上げを回避すると利益が消え、どちらに転んでも経営が傷つく。帝国データバンクはこの状況を「価格転嫁が難しい中小規模事業者の淘汰」と表現している。
流通・小売のプライシング研究を行う流通コンサルタントの永田由紀氏は、こう指摘する。
「安さを訴求軸にして獲得した顧客は、より安い競合が現れた瞬間に離れていきます。これを業界では『価格感応度の高い顧客への過依存』と呼んでいます。コスト高の局面では、この依存が倒産の直接原因になるのです」
「4000円」という絶妙なプライシングが生む「お得感」の設計
焼肉きんぐの主力である「きんぐコース」は大人1人税込4048円(2025年時点)だ。これは「激安」とは言えない。しかし消費者は「お得だ」と感じて行列をつくる。なぜか。
その答えは、「価格の絶対値」ではなく「支払い金額に対する体験価値の比率(コストパフォーマンス)」にある。家族4人で1万数千円という水準は、ファミレスより少し高いが、高級焼肉店と比較すれば圧倒的にリーズナブルだ。「きんぐカルビ」をはじめとする五大名物の視覚的インパクト、子どもが喜ぶサイドメニューの豊富さ、そして全員が一斉に食べられる食べ放題の形式が合わさることで、「ファミリーでの特別な外食体験」という情緒的価値が醸成される。
注目すべきは、物語コーポレーションが2025年6月期に「値上げ幅を抑えながら既存店売上高を前期比4.2%増」に伸ばした点だ。日経新聞の報道によれば、焼き肉部門では集客力のある販促キャンペーンを組み合わせつつ、単純な値上げではなく「価値の再提示」によって客数と客単価の双方を維持した。
外食産業コンサルタントの杉田誠氏はこう語る。
「値上げとは単に値段を変えることではない。それは『この価格に見合う体験をどう再定義するか』という価値設計の問題だ。焼肉きんぐはコース価格の変更に際して、常に名物メニューの追加や接客体験の向上をセットで行っており、顧客が価格上昇よりも価値向上を先に認識するよう設計されている」
「捨てるDX」と「尖らせるアナログ」——コスト配分の最適化
物語コーポレーションのオペレーションを解剖すると、DX(デジタルトランスフォーメーション)への投資が極めて戦略的であることがわかる。
同社は「焼肉きんぐ」において特急レーンによる自動配膳や、タッチパネルによる注文システム、さらには自動案内システムの開発を進めている。「ゆず庵」では配膳ロボットの複数台運用も始まっている。これらは「お皿を運ぶ」「注文を取る」といった作業的な業務を機械に代替させることで、人件費を最適化するものだ。
しかしここで重要なのは、浮いた人員リソースを「削減」ではなく「再配置」している点だ。焼肉きんぐの名物サービスである「焼肉ポリス」——スタッフが積極的に客席を巡回し、網の交換タイミングを教えたり、肉の美味しい焼き方を実演したりする接客——は、まさにその再配置の産物である。機械化によって生まれた余白が、人間にしかできない「情緒的価値の提供」に充てられている。
「多くの企業がDXを導入した結果、サービスを冷却させて顧客を失うという皮肉な失敗をしている」とサービスイノベーションの研究者は指摘する。
「正しいDXとは、機械が得意な業務を機械に渡し、人間が得意な共感・判断・演出の仕事を人間に集中させることだ。物語コーポレーションの事例はその好例といえる」
「郊外×ドミナント」が生む不況耐性
物語コーポレーションの出店戦略に目を向けると、もうひとつの強みが見えてくる。同社は中部地方を地盤とし、「郊外ロードサイド型の大型店」に特化した出店を一貫して進めてきた。
都市部の駅前立地は家賃が高く、インバウンド需要やオフィス需要といった外部変数の影響を受けやすい。2020年のコロナ禍で都市部の飲食店が壊滅的な打撃を受けたのに対し、郊外型ファミリーレストランは相対的に底堅かった。焼肉きんぐは、その安定した「生活密着型需要」の上に立っている。
さらに同社は「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」「ゆず庵」といった複数ブランドによるドミナント戦略を展開している。同一商圏に複数ブランドを集中出店することで、地域での認知度が高まり、採用・配送・管理のコスト効率も改善される。2025年6月期時点で全国810店舗(国内直営499店、FC252店)を運営しており、規模の論理よりも「地域での存在感」を優先した展開が奏功している。
2030年6月期には連結売上高2200億円(2025年6月期比約1.8倍)を目指す中期計画も発表済みで、国内外での積極的な出店姿勢を維持している。業績トレンドが示す成長軌道は、単なる市場拡大ではなく、競合環境が厳しさを増す中での構造的優位性の積み上げによるものといえる。
コスト高の時代に問われる「3つの問い」
焼肉店の倒産が過去最多を更新し続ける市場環境は、外食業界だけの話ではない。製造業でも小売業でも、原材料費・エネルギーコスト・人件費の同時上昇という「トリプルコスト高」は業種を問わず企業を直撃している。
その状況下で、焼肉きんぐを擁する物語コーポレーションが示したのは、「規模の大きさ」でも「運の良さ」でもなく、3つの経営判断の正しさだ。
第一に、「安さ以外の選ばれる理由」を持っていたか。 機能価値(安さ・量・速さ)だけを競争軸にした企業は、コスト高の局面で最初に体力を失う。情緒価値(体験・共感・物語)を競争軸に組み込んでいた企業は、価格転嫁を伴いながらも顧客を繋ぎ止めることができる。
第二に、コスト高を「価格転嫁」に昇華できたか。 単純な値上げは顧客離れを招くが、「体験価値の向上とセットにした価格の再設定」は顧客の納得を引き出す。値決めとは経営の意思表示であり、競争環境における自社のポジショニングの宣言でもある。
第三に、業務効率化で生まれたリソースを「コアな価値提供」に再投資できたか。 DXは削減ではなく再配分のための道具だ。省いた作業コストを、顧客が感動する体験に再投入できた企業だけが、効率化と顧客満足の両立を実現できる。
「引き潮」の時代——市場が縮み、コストが上がり、競合が多様化する局面——にこそ、企業の本質的な実力が問われる。焼肉業界の明暗は、その問いに対する経営判断の差が、最もダイレクトに業績として可視化された事例として、業界を問わず多くのビジネスパーソンに示唆を与えている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=永田由紀/流通コンサルタント)











