保線員不足を「既設インフラの再利用」で解く…JR西×NTT西の光ファイバセンシング戦略

●この記事のポイント
JR西日本とNTT西日本は2025年11月、線路沿いの既設光ファイバーを振動センサーに転用する「光ファイバセンシング技術」の共同検証を開始。約4900kmの路線の半分に敷設済みのファイバーを活用し、落石・倒木・列車位置を遠隔検知。2030年代前半の実用化を目指す、人手不足時代のインフラ保守DX事例。
深夜、終電後の線路に立ち、目視と経験でレールの歪みや落石の有無を確認する——鉄道の安全は長らく、こうした「保線員の職人技」に支えられてきた。しかし少子高齢化による労働力減少と、自然災害の激甚化という二つの構造変化が、この体制の持続可能性を揺るがしている。
2025年11月12日、JR西日本とNTT西日本はこうした課題への一手として、通信用光ファイバーを振動センサーとして活用する「光ファイバセンシング技術」の共同検証を本格的に開始したと発表した。もともと駅の信号システムへ運行情報や制御データを送るために線路沿いに敷設されている光ファイバーケーブルを、そのまま状態監視のセンサーとして転用しようという発想だ。JR西日本が管理する路線延長は約4900kmに及ぶが、そのうち約半分にはすでにこの通信用ファイバーが敷設済みという。両社はまず効果が見込める路線から順次実用化する方針で、目標時期は2030年代前半としている。
●目次
- 光ファイバセンシングとは何か
- JR西日本にとっての意味——「新規投資を抑えた」広域監視
- NTT西日本にとっての意味——通信インフラの新たな価値化
- 今後の広がりと課題——鉄道以外への応用、そして実用化までの距離
光ファイバセンシングとは何か
光ファイバセンシングの原理は、光ファイバーに光を入射し、反射して戻ってくる光のわずかな変化を解析するというものだ。地面の振動や温度変化、構造物の歪みがあると、光ファイバーを通る光の反射パターンがそのポイントでわずかに変わる。この変化を1台のセンシング装置で捉えることで、数十kmにわたる広範囲の状態を、どこで何が起きたかまで含めてリアルタイムに把握できるという。
イメージとしては、光ファイバー自体を「一本の長い聴診器」として使い、その振動の伝わり方から異常の発生場所と種類を聞き分けるようなものと考えると理解しやすい。物理的な接触を伴わずに検知できるため、保守要員が設備に直接近づかずに済み、点検作業そのものの安全性向上にもつながるとされる。
両社はまず列車位置検知の高度化に取り組んだ基礎研究で、走行位置を高精度に検知できることを確認した。今後は落石や倒木、動物の侵入、構造物・設備の異常振動の検知へと対象を広げ、2025年11月26日から千葉市の幕張メッセで開催された「鉄道技術展2025」でも研究成果が紹介されている。
JR西日本にとっての意味——「新規投資を抑えた」広域監視
JR西日本の倉坂昇治社長は今回の取り組みについて、労働人口減少や自然災害の激甚化が鉄道オペレーションに大きな影響を与えているとした上で、「マンパワーに依存しない持続可能な鉄道システム構築」を目指す考えを示している。
この技術の特徴は、線路沿いに新たなセンサーやカメラを大量設置する必要がなく、既設の通信インフラをそのまま転用できる点にある。新規の設備投資を抑えながら、広域かつ高精度な常時モニタリング体制を構築できる可能性がある、というのが両社の説明だ。ローカル線の維持コストが経営課題として指摘される中、点検の省力化・自動化は多くの鉄道事業者にとって切実なテーマであり、今回の取り組みはその一つの選択肢を示したといえる。
NTT西日本にとっての意味——通信インフラの新たな価値化
一方のNTT西日本にとっても、この取り組みは自社の技術資産を広げる機会となる。同社は光ファイバセンシング技術を鉄道分野に限らず多様な現場で展開することを目指しており、2024年9月にはIOWNオールフォトニクス・ネットワークを活用した広域交通流モニタリングの実証成果も発表している。今回のJR西日本との検証は、そうした取り組みの延長線上に位置づけられる。
固定電話・INSネットの縮小など従来型の通信サービスが構造的に縮小に向かう中、通信事業者にとって既存の光ファイバー網に新たな用途を見出すことは、事業ポートフォリオの多様化という観点からも合理的な打ち手だ。ここから先、実際にどのような課金モデルや事業スキームが構築されるかは現時点で公表されていないが、継続的な監視・運用サービスとして展開されれば、通信事業者にとって長期的な取引関係につながる可能性はあるだろう。
今後の広がりと課題——鉄道以外への応用、そして実用化までの距離
今回の発表はあくまで「共同検証の本格開始」であり、実用化はJR西日本の路線の一部で2030年代前半を見込む段階だ。広域での安定運用には、誤検知と見逃しのバランスをどう最適化するか、異常判定のアルゴリズムをどう鉄道特有の環境(トンネル、勾配、電化区間のノイズなど)に適応させるかといった技術的な検証が今後も必要になるとみられる。
その上で、NTT西日本が目指す「多様な現場」への展開という方向性を踏まえれば、道路沿いの光ファイバーによる路面異常検知や、送電線・パイプラインなど重要インフラの監視といった応用分野への広がりも、技術的には視野に入ってくるテーマだろう。ただし、これらはあくまで技術の延長線上にある可能性であり、両社が現時点で具体的な事業計画として公表しているものではない点には留意したい。
鉄道インフラの保守技術に詳しい専門家は、次のように指摘する。
「保線分野の技術革新は、センサーの精度そのものよりも、いかに既存インフラを転用してコストを抑えるかという視点が重要になっている。今回の取り組みは、新設コストをかけずに広域監視を実現しようとする点で理にかなったアプローチだ。ただし実用化までには、鉄道特有のノイズ環境下での検知精度の検証や、既存の保守フローとの統合など、地道な積み上げが不可欠になるだろう」(交通政策研究所の岩田敏正氏)
少子高齢化によるインフラの担い手不足は、鉄道に限らずあらゆる社会基盤に共通する課題だ。今回のJR西日本とNTT西日本の取り組みは、「地下に眠っていた通信インフラ」に新しい役割を与えることで、この課題に一つの解を示そうとする試みといえる。実用化はまだ先の段階だが、既存資産の再定義という発想そのものは、今後さまざまな業界のインフラ維持戦略において参考になる事例となりそうだ。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩田敏正/交通政策研究所)











