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第一生命、米社巨額買収の舞台裏と、生保業界の苦悩 業界再編と海外M&A加速への壁

文=福井晋/フリーライター
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 この悩みは、生保全体のものだ。特に既存大手生保は外資系生保、損保系生保、ネット系生保などの侵食でシェアを落としている。女性社員の訪問販売という高コストな営業スタイルも時代に合わなくなってきており、抜本的なビジネスモデルの改革が迫られている。

 一方、損害保険業界は事業費と保険金支払いの合計が保険料収入を超える逆ザヤ状態に耐え切れず、09年から10年にかけて大型の合併や経営統合を行い、現在の「3メガ損保体制」を確立した。生保業界の窮状と損保業界の例から「今後10年のスパンで見れば、生保業界もメガ体制は起こり得る。第一生命の株転・上場は、その試金石」(証券アナリスト)と、当時は見られていた。

 だが、株転・上場に踏み切った第一生命の狙いは、こうした市場関係者の推測とは違っていたようだ。「もし業界再編が起こるとすれば、それは結果であって、当社がそれを主導する気は毛頭ない」と、当時の同社関係者は明かしていた。実際、かつて渡邉社長は、「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/10年6月10日号)の取材に対し「日本の生命保険会社は日本の縮図。少子高齢化で市場が縮小してゆく日本は課題が山積している。我々は生命保険契約という長い約束をしており、市場が縮小する日本にとどまっている限り、約束を守るのは大変だ。まだ余裕がある今のうちに海外などの成長分野に投資してゆく必要がある。それには株式会社組織がやりやすい」と、株転・上場の目的は自社の持続的成長にあることを明らかにしている。また「(成長のために)M&Aを行おうとすると、相互会社はすぐ思考停止状態に陥ってしまう。現有資本の範囲内でのM&Aに限られてしまうからだ。株式会社であれば、成長を加速させる案件なら投資家に説明して資本を調達できる。さまざまな成長戦略を描ける」と述べ、「業界の不磨の大典」といわれる相互会社組織は、今や時代遅れと暗に指摘している。

●相互会社組織、生保業界成長の足枷に

 大手生保の中で海外進出に積極的な第一生命は、07年のベトナム進出(バオミンCMG社買収、100%出資)を皮切りにアジアに進出していたが、株転・上場後は海外事業を成長の柱と位置付けて海外事業部門の陣容を大幅に強化、海外進出をさらに加速した。その結果、現在はアジアと豪州の5カ国に子会社・関連会社を擁している。米国進出についても、渡邉社長はしばしばメディアの取材で「米国生保市場進出は時間の問題」と公言してきた。

 他の大手生保も、海外進出に及び腰だったわけではない。例えば、日本生命はすでに欧米、アジア7カ国に進出しているし、明治安田生命も同様に5カ国に進出している。しかし「いずれも規模が小さく、業績貢献度はゼロに近い」(保険業界関係者)のが実態。相互会社組織のため、有望な買収案件があっても原資は内部留保しかなく、必要な買収資金を市場調達できないためだ。

 相互会社は、「社員」である保険契約者に内部留保を除く剰余金の大半を分配する経営組織。したがって、海外M&Aなど巨額の投資案件に対しては、「そんな余裕があれば社員に還元せよ」との圧力が働く。株主総会に相当する「総代会」で議案を通すのは難しい。つまり、市場関係者が期待するように、生保業界で業界再編や海外M&Aが本格化するためには、第一生命のように株転・上場が前提条件となる。前出の業界関係者は「少なくとも大手・中堅の生保経営陣は相互会社の限界を痛感している。早く株転・上場して経営の自由度を確保したいと切望している。だが、どうすれは社員を説得できるか。いつもここで思考が停止してしまう。第一生命がどうして株転できたのか、それを真剣に研究すべきだ」と嘆いている。

 以上みてきたように、プロテクティブ買収の成否は、今後の再編を含めた生保業界の動向を占う上で大きなカギとなる。
(文=福井晋/フリーライター)

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