東京五輪の経済波及効果は3兆円ある、とあちこちで喧伝されている。東京都の猪瀬直樹知事は、もっと強気だ。定例会見で「積み上げ方式の3兆円の経済効果よりも、もっと大きな効果があるだろうというふうに僕は考えている」と言い切った。安倍晋三政権の経済政策アベノミクスで経済活動がより活発になって消費意欲が高まれば、本当の意味でデフレ脱却になるとの期待を込めての発言だ。
それにしても、3兆円という数字ばかりが独り歩きしているのはいかがなものか。経済波及効果について、きちんと押さえておく必要がある。3兆円という数字は、昨年開催のロンドン五輪と比べてかなり怪しいからだ。
英大手銀行ロイズ・バンキング・グループがロンドン五輪の際にまとめた英国への経済波及効果は、開催地に決まった2000年から開催年の12年までの12年間で165億ポンド(約2兆4000億円)。その8割が施設建設費などから生じたとはじき出した。
ロンドンはオリンピックをきっかけに街を大改造した。古い工場や小さな家が立ち並んでいた地域に8万人を収容する大競技場を建設した。それらの建設費が経済波及効果の8割を占めた。年間に引き直すと、2000億円の経済効果があったことになる。
これに対して、東京五輪は既存の施設を活用したコンパクトな開催をウリにしている。東京の街の大改造はない。それなのに、東京都は経済波及効果を日本全土で2兆9609億円と試算した。開催都市が決まる今年9月から五輪閉幕の20年9月までの7年間の総額で、年換算では4229億円となる。ロンドン五輪と比べて、年平均で2.1倍の経済波及効果を生み出すと見込んでいるのである。
経済波及効果(生産誘発額)の試算は昨年8月、「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」(会長=石原慎太郎東京都知事=当時)が発表したものだ。東京都内が1兆6753億円、東京以外の地域で1兆2856億円の計2兆9609億円という。これが「経済波及効果3兆円」の根拠となっている。
東京五輪開催に伴う需要増加額は、東京都で9669億円。内訳は施設整備費3557億円、大会運営費2951億円、その他(大会関係者の消費支出など)が3161億円。東京以外の地域での2570億円と合わせた需要増加額は、1兆2239億円である。
経済波及効果(生産誘発額)というのは、すべての企業の売上増を合算したものだ。売上増に伴って仕入れも増えるため、本当に増える分が需要増加だ。2兆9609億円はあくまでも波及効果全体で、付加価値(実質増加額)は1兆2239億円になる。これが、東京五輪がもたらす、真水(まみず)の経済的メリットである。3兆円という数字に惑わされてはいけない。
開催計画によると、晴海地区に建設する選手村を中心に半径8km圏内に、オリンピックスタジアム(国立競技場)など28の競技会場をコンパクトに配置する。ロンドン五輪のような大規模な施設を造らないので、ロンドン五輪を上回る3兆円の経済波及効果を上げるには、かなりの外国人観光客を呼ばなければならない。だが、これは相当に厳しい。ロンドン五輪の観光客は、事前に予想されたより2割少なかった。
1964年10月、東京オリンピックが開催された。これに合わせて東海道新幹線の東京~新大阪間が開通。日本で初めて本格的な高速道路が首都圏と名神を結んだ。空の玄関口、羽田空港から都心に東京モノレールが乗り入れた。
この時は、交通・社会インフラが整備され、その後の日本の高度成長の起爆剤になった。オリンピックが抜群の経済波及効果をもたらしたのである。
夢よもう一度。財界は、その経済波及効果に期待している。長年の懸案だった東京外環自動車道の未開通部分(関越道~東名高速間、東名高速~湾岸線間)の整備に弾みがつくと言っているが、前回のインフラ整備に比べれば、インパクトは小さい。東京には、もはや社会資本の整備はいらない、ということと表裏一体なのだ。
マーケティング支援会社のライフメディア(東京・世田谷)が、3月上旬にインターネットで実施した2020年夏季五輪に関する調査によると、東京五輪招致に賛成は62%、反対13%。賛成の理由は「経済効果が期待できるから」が73%でトップだった。
財界や都民が招致に賛成なのは、経済波及効果に期待しているからだ。だが、これまで見てきたように今回の東京五輪では、それほどの経済波及効果は見込めない。
東京五輪が本当に必要か。推進派が声高に言う、経済波及効果の面から、まず、損得をはっきりさせた方がいい。
(文=編集部)