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どうしてこんなに面倒なプロセスを取るのかというと、コンサートマスターは特別なポジションだからです。コンサートマスターは、最初からオーケストラのリーダーとして入団してくるので、一弾きで周りを唸らせるような絶対的な存在でなくてはならないのです。そのため候補者の中には、若くしてもコンクール受賞歴が豊富にある人や、いくつかのオーケストラを歴任したような、三顧の礼で迎えないと来てくれないような著名コンサートマスターもいます。オーケストラ側も、そういう方々を候補に迎えるのに、細心の配慮をすると聞いたことがあります。
日本では、あるオーケストラのコンサートマスターに訊いたところ、最近は一般オーディションをすることもあるそうですが、通常は、招待された候補者が何度かステージで一緒に仕事をしたうえで、必要に応じて、楽団員たちにソロ演奏を聴いてもらい、合否が決まるという流れです。ただし、一般楽員はオーディション合格の後の一年間の試用期間さえ通れば、定年まで給与と演奏機会を保障されますが、コンサートマスターは、契約更新を続ける雇用形態が一般的なので、ずっと、オーケストラ内で採点評価をし続けられているような、大変な仕事でもあります。
かなりジェスチャーの話から逸れてしまいました。さて、若いコンサートマスター候補とのリハーサルが進むうちに、僕のイライラは募っていきました。周りの楽員も困っている様子が、よくわかってきました。なぜかというと、彼女はとても上手に弾くのですが、集中すると楽譜だけを見つめてしまい、指揮を見ないのです。完全に経験不足です。もちろん、要所要所は見てくれるのですが、僕がちょっとした演奏上の修正をしたいと思っても、楽譜にかじりついているため、僕の指揮とズレが生じ、演奏上にも問題が出始めました。
それでも、顔を近づけようが、大きく指揮しようが、彼女はまったく気が付いてくれません。周りの楽員も苦笑いをしています。そこで、指揮棒を振っていない左手の登場となりました。苦肉の最終手段でしたが、効果があって、やっと彼女は気づき、少し驚いた顔をしていました。
おそらく今でも彼女は、「そういえばあの指揮者は、どうして演奏中に手を振ってきたのだろうか?」と、必死で手を振っていた僕を覚えてくれていると思います。
(文=篠崎靖男/指揮者)
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