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江上隆夫「ブランド戦略ディレクターのぷらっと未来散歩」

誰でも簡単に家や自動車がつくれる?無償でも喜んで働く人々が生む技術革新

文=江上隆夫/ブランド戦略ディレクター

 不思議なことに50年、100年スパンで見ると未来への大きな流れは変わりません。しかし、その流れの過程では、小さく渦巻いたり、突然支流が生じたり、停滞したり、一筋縄ではいきません。広告やブランドという常に半歩先、一歩先を見る仕事を長年続け、コンセプト関連の著作もあるブランド戦略ディレクターの江上隆夫氏が、自身のアンテナに引っかかってくる未来の種を「短期、長期の本質的な視点」を織り交ぜながら解説します。

みんなで作れば怖くない?

オープンソース」という言葉をご存じでしょうか。

 ソースコード(ソフトウェアの元となるプログラムの文字列)が公開されていて、世界中誰でも、そのソースコードの修正・変更・利用ができるソフトウェアのことです。

 今、私の手元にはサムスン電子のスマートフォン「Galaxy Note Edge」があります。このスマホのOS(オペレーティング・システム)である「Android」は、オープンソースとして発展したものです。

 ウェブブラウザの「Mozilla Firefox」やOSの「Linux」もオープンソースで、いまだに有志の技術者によって改良が加えられています。

 また、世界中の人が自分の知識を持ちよったウェブ上の百科事典「Wikipedia」も、日々無数の人々の手によって進化しています。私たちが想像する以上に、オープンソースソフトウェアあるいはオープンソース的なものは、世界にあふれているのです。

オープンソースの4つの特徴

 オープンソースは、まだ歴史が浅く試行錯誤の段階ですが、いくつかの特徴があります。

誰でも簡単に家や自動車がつくれる?無償でも喜んで働く人々が生む技術革新の画像2『無印良品の「あれ」は決して安くないのに なぜ飛ぶように売れるのか?』(江上隆夫/SBクリエイティブ)

 第一の特徴は「誰にでも開かれている」ということです。知恵や知識、発明や発見を共有財産として育てていこうという考え方です。当たり前ですが、オープンソースにアクセスして共同作業に参加するのに、人種や世代、性別、国、貧富はまったく問われません。

 ただ、現状のソースを理解し、より良くするためのアイデアを持って修正や改良を加えられればいいのです。こうした考え方は、企業の商品開発(例えば無印良品など)にも生かされるようになってきています。

 第二の特徴は、「1人よりみんなの力」という考え方です。アルベルト・アインシュタインが唱えた相対性理論のように、既存の常識を飛び越えるアイデアは、こうしたプロジェクトでは生まれにくいかもしれません。しかし、オープンソースには「たくさんの人が関わり、その集合知を使ったほうが物事はうまくいく」という思考があるように思います。そして、実際に成果を上げています。

 第三に、オープンソースは「人は善なるもの」という考え方に支えられています。これは「誰にでも開かれている」という性質を見ても理解できると思います。なぜなら、「人は善なるもの」という前提がなければ「誰にでも開く」という行為は不可能だからです。「人は悪しきもの」と思うなら、閉じて、許可を与えた人しか入らせないようにすればいいですが、オープンソースは真逆です。いわば、性善説に則ったやり方といえるでしょう。

 第四に「無償性」があります。オープンソースに関わるソフトウェア技術者は、無償で改良を行っています。通常の仕事の後や休日など、疲れているはずの時間帯に、彼らは無償で働いているのです。なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか。

 想像するに、オープンソースに関わることの喜びや満足感が大きいからではないでしょうか。世界中から腕利きのプログラマーなどが参加する場に関わることのできる純粋な喜びがあるからです。

 さらに、自分のアイデアを試し、それ自体を完成、進化させていく喜びもあります。また、オープンソースのコミュニティに所属し、メンバーと交流することによって生まれる喜びもあるでしょう。誰に強制されたわけでもないのに働くのは、こうした“精神的報酬”に大きな価値を見いだすからです。

形のあるハードウェアもオープンソースで

 通常の製品開発は、オープンソースとはまったく違うベクトルで行われています。例えば、多くの企業の製品開発は完全にクローズな環境で行われます。これは、製品開発が自社の利益に直結する経済活動であるためです。特許や実用新案は、こうした利益を守るための制度です。

 オープンソースが増えたとはいえ、おそらく通常の経済活動のほとんどはクローズドソースで行われています。しかし、しばらくはクローズドで進むと思いますが、徐々にオープンソース的なやり方が浸透してくるのではないでしょうか。

 なぜなら、近年、オープンソースはソフトウェアだけでなく、ハードウェアにも広がり始めているからです。つまり「オープンソースハードウェア」です。それらは設計図や製法、部品の情報などが完全に公開されていて、原材料や製作用機材があれば誰でもつくれるようになっています。

IKEAの家具のように家をつくる

 例えば、誰でも家をつくれるようにする「Wikihouse」というサービスがあります。Wikihouseの主宰者である建築家のアラスタ・パーヴィン氏は「Architecture for the people by the people(人民による人民のための建築)」を唱えており、オープンソースの建築組み立てキットを使って、誰でも低価格で簡単に家を建てられるようになることを目指しています。

 Wikihouseの仕組みは、以下のようなものです。まず、インターネットから3Dで設計された図面をダウンロードします。それを専用ソフトに取り込むと、木材の切断用ファイルが出てきます。

 指定されたサイズの合板を、CNC(コンピュータ数値制御)の木材加工機械で切り出していくと、家を建てるためのすべての部材が揃います。

 パーツには番号が振ってあり、最終的にはIKEAの組み立て家具を巨大にしたようなものができあがります。もちろん、配管や配線の整備を行ったり、バスルーム、トイレを別途取り付けたりする必要がありますが、家そのものは小さいものであれば1日足らずで建てられます。(動画共有サイト「vimeo」の「Wikihouse timelapse build progress」)

誰もが生産し、消費する世界

 パーヴィン氏は「20世紀の大いなる計画は、消費をみんなのものにすること。21世紀の大いなる計画は、生産をみんなのものにすることだ」と語っています。

 オープンソースハードウェアでは、家具や超低価格パソコンから自動車に至るまで、さまざまな取り組みが始まっています。また、トヨタ自動車が燃料電池自動車関連の特許約5680件を2020年まで無償公開し、米テスラモーターズが電気自動車関連の特許を無償開放することも、一種のオープンソースの取り組みです。

 未来学者のアルビン・トフラー氏は、著書『第三の波』(日本放送出版協会)の中で「生産消費者(プロシューマー)」という概念を示していますが、誰もが消費者であり生産者である世界が少しずつ現実になってきていると、私は思います。

 いずれ、私たちは、毎日の食事を手づくりするように、生活に関わるものを自分でつくるようになるでしょう。つくりつつ消費し、消費しつつつくる。「生産」と「消費」が渾然一体となったのが「生産消費者」です。

 今、町中にある家電量販店は、20年後には工作機械やパーツ、部材などを扱う店に変わっているかもしれません。また、IKEAのように半完成品を提供する店のほか、設計図だけをダウンロードできる設計図販売サイト、設計図に基づいた部材販売の店など、今は存在しない業態の店が現れる可能性も高いでしょう。そして、その波はいずれ、旧来の「完成品を販売する経済=クローズドの経済」とぶつかりあうことになります。
(文=江上隆夫/ブランド戦略ディレクター)

江上隆夫

江上隆夫

ブランド戦略ディレクター(有限会社ココカラ代表取締役/ブランドカンパニーラボ主宰)。大手広告代理店でクリエイターとして広告制作からブランド構築までの仕事に携わる。2005年独立後も広告やブランド構築から商品・事業開発、講演・セミナーなど幅広い分野で活躍中。著書:『無印良品の「あれ」は決して安くないのになぜ飛ぶように売れるのか?』(SBクリエイティブ)。受賞歴:朝日広告賞、日経広告賞グランプリ、日経金融新聞広告賞最高賞、東京コピーライターズクラブ新人賞ほか 所属:イノベーションデザイン協会理事/(財)ブランド・マネージャー認定協会アドバイザー/東京コピーライターズクラブ会員

ブランドカンパニーラボ

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