「人生100年時代」の負の側面として顕在化してきているのが“長生きリスク”だ。昨年、金融庁の「老後資金2000万円不足」問題が波紋を呼んだが、長生きすることで生じるリスクには、どんなものがあるのだろうか。
「人生100年時代」という言葉は、政府の「人生100年時代構想会議」によって周知されるようになった。産業の現場で人手不足が深刻化し、社会保障費が増大している今、政府としては元気な高齢者には働いてもらい、いろいろな意味で現役並みの社会生活を送ってほしいという思惑がある。
いわゆる「ピンピンコロリ」であれば問題は少ない。健康寿命が長ければ、介護にお金がかからないからだ。しかし、今は「老老介護」が問題となっているように、老人が老人を介護せざるを得ないケースも増えている。
高齢者やその家族、介護施設から数多くの相談を受けている教育ジャーナリストで神奈川県在住の木村誠氏は、長生きに伴うさまざまなリスクについて「人生100年時代の魔界」と表現する。
「高齢者が軽度の認知症になると、徘徊、暴力、暴言などを繰り返し、家族が悩むというケースが身近で増えています」(木村氏)
認知症によって性格がガラリと変わり、家族に暴力を振るうなど攻撃的になったり、被害妄想気味になったりすることがあるという。しかも、本人に自覚がないため、家族が諌めても暴力や徘徊は続き、それが家族の心に深い傷を負わせるのだ。
認知症の進行に加え、足腰が弱ってくると、今度は経済的な問題が深刻化してくる。自宅での介護が難しくなるからだ。
神奈川県のある介護付き有料老人ホームは、生活の質の向上を目指し、機能訓練指導員による個別のリハビリプランを打ち出している。2017年に放送されたドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)のヒットにより、高齢者の間では充実したリハビリプランやサークル活動などへの関心が高まっているが、ある入居している高齢者は以下のように語る。
「あれはドラマの話。あんな悠々自適な生活なんて無理。現実の老人ホームの中は、欲望に忠実になった高齢者同士が老いらくの恋に走ったり、食事のことで喧嘩したり、むしろ絶望的に見える」
ちなみに、有料老人ホームの予算は安くない。首都圏では方式によって異なるが、平均的標準入居金は300万~600万円。月額利用料は約20万円、さらに介護保険の自己負担分が毎月かかる。
「月額利用料が月20万円とすると、それだけで10年で2400万円かかることになり、その重い負担に家族が経済的に耐えられなくなるケースもあります」(同)
介護費用だけで6000万円かかる?
また、病気になって入院した場合も問題が発生するかもしれない。
「急性期を過ぎた高齢者の患者は3カ月以上入院していることはできず、多くの場合、転院しなければならなくなります」(同)
これは、3カ月を過ぎると病院に支払われる入院医療報酬が極端に減るという仕組みのためだが、高齢者が3カ月ごとに病院を転々とするのは、転院先を探すだけでも現実的ではない。
「そのため、慢性期の患者の長期療養を目的とした医療措置やリハビリなどのサービスを提供する療養型病棟を探すことになります。しかし、私の地元である湘南では、一番安い個室でも1日9000円はかかることが多い。そのほかに病衣のリースや日用品などの出費もあり、費用負担は重いのです。健康寿命にもよりますが、100歳まで生きると、介護費用だけで総額6000万円ほどかかるという試算になりました」(同)
高齢者の死を待つ親族の実態
ところで、高齢者にとって甥や姪らの親族はあてになるのだろうか。前出とは別の高齢者は以下のように語る。
「土地を保有していた高齢者が亡くなった後、今まで介護もしなかった甥や姪が相続権を主張するケースがあります。実際、おじやおばの死を待っている甥や姪は多いようで、裁判になって甥や姪が相続を主張することもあるようです」
2025年には団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり、国民の4人に1人が後期高齢者という超高齢社会を迎える。そんななか、木村氏は「国家プロジェクトでさまざまな介護ロボットを開発し、早期に実用化する」「敬老精神が強く残る国から外国人労働者を呼び込み、介護のスキルを身につけてもらう」という2つの打開策を提案する。
「この2つの施策をベースに介護産業を国策的な福祉ビジネスに成長させ、高齢化に悩む海外諸国にもノウハウを輸出するような仕組みづくりが必要です」(同)
介護や長生きに関する問題は、もはや全国民にとって他人事ではないだろう。