シジミの名産地・宍道湖、漁獲量が激減…農薬に汚染された水が流入、ウナギも減少
海水と淡水が混じり合っている湖のことを「汽水湖」といいます。シジミで有名な島根県のも、汽水湖のひとつです。塩分濃度は0.3~0.5%で、3.5%といわれる海水の塩分濃度の10分の1程度と考えられています。この塩分濃度がいいのでしょう、シジミやウナギが昔からよく獲れたようです。
筆者の友人のひとりも、この宍道湖で代々シジミ漁の漁師をしています。宍道湖には鳥類も多く生息していて、その種類は240種を超えるといわれています。豊かな自然が育まれていたのですね。その宍道湖に近年、異変が起こっています。
シジミやウナギなどの絶対数が激減しているのです。その原因は、はっきりしています。ネオニコチノイド系農薬により汚染された水が湖に入り込み、水中プランクトンの数が減ったことで、それを捕食していた水中生物に影響が及んだのです。
一方では農薬を使うことで一時的に収量を上げ、少しばかり金儲けができて、おまけに楽もできた農業生産者がいて、もう一方では、その農薬の影響を被り、収益が得られなくなってしまう漁業関係者がいる。大いなる矛盾ですが、これはある意味、日本の縮図と言ってもいいかもしれません。
この深刻な問題を解決する手段は、農業全体をオーガニックの方向に向かわせること以外にはないと、筆者は考えています。この問題を侮っていると、とんでもない事態を呼び起こすことにもなりかねません。
宍道湖で起きている問題は、実は日本のどこにでも起きており、それはやがて世界中の、地球規模の問題につながっていくわけです。
筆者は決して、大げさなことを言っているのではなく、いたずらに危機感を煽ろうとしているわけでもありません。しかし、日本が農薬や化学肥料を使い過ぎていたということは紛れもない事実です。
その背景には、経済界というか、大企業をある方向にリードする人たちが存在しています。ある種の権力を持つ人が、または企業が、自らの利益のために影響力を及ぼすというのは、ごく普通のことです。それは良い悪いの問題ではなく、企業に属する者として当然の振舞いなのです。たとえそれが環境にどのような悪影響を及ぼし、社会的に意味のある仕事を奪うことになったとしても、優先すべきが自社の利益であるということが正義として罷り通る世の中なのです。
ネオニコチノイド系農薬を大量に輸入する日本
筆者は、そのことに疑問を持ち、儚い抵抗を試みてきましたが、ずっと無力感に苛まれてもきました。数年前に一般社団法人日本オーガニックレストラン協会(JORA)を立ち上げた後は仲間も増え、同じ考え方を持つ人たちにめぐり合えたことで勇気をもらいましたが、それまでは孤独な戦いでした。今はおかげさまで、この連載も持たせていただき、読者の方々から励ましのお声もいただけるようになり、数年前とは違う状況が生まれつつあります。
さらに力づけられたのが、農薬取締法が改正されるという動きが出てきたことです。これは画期的なことで、2020年4月以降は農薬の安全性の評価を厳格化しようということなのです。農薬が生態系に与える影響について、その安全性評価が厳しくなると同時に、評価対象も広がります。企業側は毎年、その安全性について報告する必要が生じるのです。
欧米ではすでに農薬に対する規制強化がなされており、特にネオニコチノイド系農薬に対する規制は明確で、厳しいものがあります。それは、ネオニコチノイド系農薬がミツバチの大量死を引き起こし、ミツバチが死んでしまうと生態系全体に及ぼす影響が甚大で、農業にも計り知れない悪影響を及ぼすということがわかったからなのです。ところが日本は、この数年の間、その欧米の動きに逆らうかのように規制を緩め、ネオニコチノイド系農薬を大量に輸入して使ってきたのです。
筆者は機会あるごとに、この件に関して反対の意見を述べてきましたが、一向に変わる様子はありませんでした。ところがここにきて、ようやく日本でも規制強化の動きが出てきたことは、喜ばしい出来事です。もちろんまだまだ手放しで喜んでいられる状況ではないのですが、少なくとも欧米と同じ方向に舵を切ったというだけでも、一歩前進だと筆者は評価します。
農薬メーカーは、安全性評価のための費用が数千万円単位でかかることや、評価対象が広がることで手続き上の負担が増えることなどに不満を漏らしているようですが、それは事の重大さにいまだに気づいていないからです。
旧モンサント社、巨額賠償金に追われる可能性
今は買収されてドイツの医薬・農薬企業バイエル社の傘下にある旧モンサント社は、全米で4万件以上の訴訟を抱え、現在も係争中です。そしてすでに敗訴が決定しているものもあり、320億円の支払いを命じられています。これは、1件の事件での賠償金額です。同様の訴訟が4万件もあるのです。すべての裁判の結着がついた時点で、モンサントが支払う賠償金額がどれほどのものかは想像もつきませんが、いずれその日は来ます。
筆者は、だてや酔狂でオーガニックを推し進めてきたわけではありません。このことが、将来の子供たちのみならず、今現在、生命を得ている私たち自身にも、圧倒的に有利だと確信を持っているからです。
慣行栽培(農薬や化学肥料を使った農業のこと)の野菜に比べて、オーガニックで育てた野菜の栄養価が高いことは証明されています。結局のところ、オーガニック栽培の野菜を食べることが、私たちの健康に良い影響を与えるのです。それはつまるところ、これからの私たちにとってもっとも大事な「免疫力」を高めることになります。
加えて、オーガニック栽培は慣行栽培に比して収量が少ない、ということが言われますが、それは真っ赤なウソです。意図的に事実をねじ曲げた情報です。これはすでにカリフォルニア大学のヴァシリキオティス博士が証明していることですし、また、筆者の友人でオーガニック栽培に取り組んでいる農家の方々も、口を揃えて言っていることでもあります。
徐々にではありますが、大量の農薬、化学肥料を使うメリットがないということが、証明されつつあるのです。
筆者は確信を持って申し上げます。世界はオーガニックに向かっています。いち早く、そのことに気づいた人が、次のステップを歩み始めています。おそらく、この連載の読者の方々は、そのおひとりでしょう。
漁獲量が減り、危機感を覚えていた友人のシジミ漁師の生活が、一日も早く安寧なものに戻ることを願いつつ、宍道湖でシジミやウナギが以前のようにたくさん生きられるようになる日を待ちたいと思います。
(文=南清貴/フードプロデューサー、一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事)