日本で新型コロナウイルスのニュースが最初に報じられたのは昨年12月だ。当初は対岸の火事と誰もが思っていたが、3カ月が経過した今、日本のみならず世界がその脅威に怯えている。そんななか私たちにできることは、落ち着いて事実を理解し、感染拡大を阻止するよう努めるほかない。インターネット上に溢れる誤った情報に惑わされないためには、正しい知識が必要である。日本感染症学会インフルエンザ委員会委員長の石田直医師に、新型コロナウイルスについて聞いた。
新型コロナウイルスの80%は軽症
「感染した人の多くはインフルエンザや風邪のような症状が見られ、80%程度の人は軽症で回復することが報告されています。重症例ばかりがニュースとして表に出てくるので、感染するとみんな重症化するように勘違いしがちです。重症化する人もいるのは事実ですが、全体の分母を考えると重症化率はそれほど高くないと思います」(石田医師)
2月22日までの感染者数からWHO(世界保健機関)などの専門家チームが行った共同調査でも、感染者の80%は軽症、致死率は3.8%と判明している。では、重症化するのは、どのようなケースか。
「基本的には、免疫力が低下している高齢者や、糖尿病などの基礎疾患がある人が重症化しやすいことがわかっています」(同)
中国の例では、致死率は高齢者になるほど高く、80歳以上の致死率は21.9%、つまりおよそ5人に1人と報告されている。また、重症化とはどういった症状なのか。
「新型コロナウイルス感染により『ウイルス性肺炎』となると、呼吸不全になり重症化することもあります。インフルエンザでも感染後に肺炎となることはありますが、インフルエンザで多いのは感染後の『二次性の細菌感染による細菌性肺炎』です。この場合は、抗生物質で治療が可能です。しかし、新型コロナウイルスの場合はウイルス性肺炎になることが多く、こうなると抗生物質は効果がありません。ウイルス性の肺炎が重症化して呼吸不全をきたせば呼吸管理を行いますが、回復するかどうかは本人の免疫によるところが大きいといえます」(同)
一方で、20代の重症例も報告されるが、これはどういうことか。
「サイトカインストームという免疫の過剰反応が考えられます。サイトカインストームにより正常な細胞まで攻撃され、多臓器不全などを起こし重症化したと考えられます」(同)
しかし、サイトカインストームが起きることは予測できない。また、軽症の時点で重症化を防ぐための特別な治療法はない。現在のフェーズでは、風邪症状が現れたら十分な休養をとることが一番の対処法といえる。
検査はすべきか否か
新型コロナウイルス感染の有無を調べる「PCR検査法」が連日話題になっているが、加藤勝信厚生労働大臣が2月26日の国会で、2月18日から24日まで1週間行った新型コロナウイルスのPCR検査がおよそ6300件であることを明らかにしたが、韓国では1日に1万3000件の検査態勢がとられており、日本のPCR検査の実施数の少なさが表面に出た。これまでは「重症者優先」とされてきた検査だが、安倍晋三首相は29日の記者会見で、今後、新型コロナウイルスのPCR検査を保険適用にすると表明した。
しかし、検査することが必ずしも有意義かというと、専門家の意見も分かれるところだ。
「重症者は検査によって陽性と判明すれば必要な治療を行うためにも意義があります。軽症者の場合は、陽性とわかっても特別な治療はありません。周りへ感染拡大させないように気をつける必要はありますが、軽症のうちの検査は必要ではないと思います」(同)
軽症患者が検査のため医療機関へ押し寄せることで、医療崩壊を招くことも懸念される。また、軽症患者が行動範囲を広げれば高齢者や基礎疾患を持つ人に感染させてしまう恐れもある。
国内承認されている薬のなかで、新型コロナウイルスの治療薬として注目されるものに「アビガン」(一般名:ファビピラビル)と「カレトラ」(一般名:ロピナビル、リトナビル)がある。
アビガンは、富山化学(現富士フイルム富山化学)が開発した抗ウイルス薬である。インフルエンザ治療薬として開発され、2014年に薬事承認されたが、生殖毒性、催奇形性の懸念から、妊婦または妊娠予定の女性には使用できない。新型または再興型インフルエンザで他剤無効例に限った適応となったが、いわゆるインフルエンザのパンデミックに備え政府が備蓄し、市販はされていなかった。
作用機序は、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害によりウイルスの増殖を防ぐ。よってインフルエンザウイルスに限らず、一本鎖RNAウイルスには効果があるとされ、アフリカのエボラ出血熱でも緊急投与された経緯がある。
「妊娠、妊娠予定の女性のみならず、服用すればパートナーにも移行することもあり、使用は慎重に行う必要があります」(同)
カレトラはロピナビルとリトナビルという薬剤の合剤であり、HIV感染症治療薬として2006年9月に日本で販売が開始された。発売当時は頻用されていたが、HIV治療薬の研究開発が進み、現在はカレトラを服用するHIV患者は少ない。このカレトラはプロテアーゼ阻害薬によりHIVウイルスの増殖を抑える薬である。これまでSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)にも使用実績があり、新型コロナウイルスの治療でも中国、日本ともにすでにカレトラを患者に使用し、効果があることが報告されている。
「カレトラは比較的、副作用が少ない薬です。私が新型コロナウイルスの重症患者に使用するなら、現時点ではカレトラを選択します。しかし現在、カレトラはHIV感染症治療でも主流ではなく、流通量に懸念があります」(同)
今後、新型コロナウイルスの治療のため需要が増し、HIV患者の治療に供給できないといった状況が起きるのは望ましくない。国と製薬メーカーは十分にシミュレーションを行い、万全の体制を整えてほしい。
また、インフルエンザのように検査で陽性になったからといって、すぐに使用できるわけではない。アビガンやカレトラを使用する有効性が、副作用というリスクを上回ると判断されるような重症例のみに使用されることになる。さらに、保険適用外となるため、患者の同意書が必要となる。
いまだ不可解な新型コロナウイルス
2月27日、新型コロナウイルスに感染し、その後、陰性が確認された大阪市の女性が再び症状が出て陽性になったとの報道があった。感染後に陽性→陰性→陽性となるメカニズムを、石田医師は次のように考察する。
「まず、報道されている『再感染』の可能性は低いと思われます。それよりも『ウイルスの再燃』、つまり一度沈静したように見えるウイルスが再活性したことが考えられると思います。いずれにしろ、回復した人の血液から抗体を調べるようなスタディが必要だと思いますが、現在行われているところでしょう」(同)
現在、私たちができる最善のことは何か。
「これまでの経過を見ると、封じ込めができるようなウイルスではないと感じています。特異的な症状、不顕性感染なく必ず発症するような感染症、たとえば天然痘では、隔離により封じ込めができた歴史があります。しかし、不顕性や風邪と判別しにくい新型コロナウイルスについては、現在できることは感染予防の徹底だと思います。多くの人は軽症だという点を理解し、落ち着いて普段の生活を送っていいと思います」(同)
現在、ネット上には根拠のない情報が氾濫し、それが不安を募らせる原因となっていることは否めない。すべてを鵜呑みにせず、パニックに陥ることなく『手洗い、うがい』という基本の感染予防を心がけてほしい。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)