「逃げる」脳…脳は重要な決断時ほど、感情と他人の言葉に左右されるようにできている
最初に生まれた感情は「恐怖」だといわれる。人類の(哺乳類の)祖先といわれる、1億5000万年前ごろに生息していた小さなネズミのような哺乳類も、恐怖の感情は持っていた。恐れがなければ危険を察知して逃げることができない。当時、地球上を闊歩していた恐竜の足音が聞こえれば、恐怖を感じてすぐに逃げる。嵐や火事が迫りくるのを察知して、恐怖を感じて安全な巣に潜り込む。
400万年前にアフリカのサバンナを2本足で歩いていた人類の遠い祖先は、自分達を食べようと近づいてくる肉食獣を見ると恐怖を感じた。恐怖を感じると、脳が特定の化学物質を放出し、その結果、血圧が上昇して心拍数が増加、大きな筋肉への血流が増え、いつでも逃げられる準備が整う。恐怖の対象がはっきり見えるように瞳孔も拡大し、大量の酸素が吸入できるように気管支も拡張する。
こういった説明でわかるように、恐怖の感情は無意識のうちに生まれる。大脳辺縁系という、進化的には古い脳のなかの扁桃体と呼ばれる部位が、恐怖という感情の生成に関係している。大脳辺縁系で恐怖の感情が生まれたとき、私たちはそれを意識することができない。大脳辺縁系を覆うようにある(200~300万年前の霊長類において格段と発達した)大脳新皮質に情報が伝達されて、初めて恐怖を感じることができる。自身が感じることができる感情と異なるという意味で、大脳辺縁系で生まれる感情を情動として区別することもある。
恐れを意識する前に「逃げる」というとっさの行動が取れるように脳はつくられている。感情(情動)は生存率を高めるためにつくられた仕組みなのだ(詳細は、拙著『売り方は類人猿が知っている』<日本経済新聞出版社>を参照してください)。
不安が蔓延するとポピュリズムが台頭するワケ
こういった基本を理解したうえで、不安な時代になぜポピュリズム(大衆迎合主義)が台頭するのかを考えてみたい。
不確実な時代に、私たちが常に感じているのは「不安」だ。不安は、恐怖の変形だ。英語で、よく使われる言葉に「Flight or Fight」がある。「逃げるか戦うか」。恐怖を感じたら生きるために逃げる。だが、逃げるだけの時間がなかった場合はどうするのか。残された選択肢はただひとつ。たとえ相手が獰猛な肉食獣でも、自分の命をかけて戦うしかない。
たとえば、猫を例にとってみる。動物は基本的に危険を察知したら逃げる。無駄な戦いはしない。だが、壁際に追い詰められたらどうするか。爪を出して飛びかかる。恐怖という感情は、逃げることを優先させるが、逃げられないときには戦う選択を迫る。