「逃げる」脳…脳は重要な決断時ほど、感情と他人の言葉に左右されるようにできている
しかし、実際には、逃げるべきか戦うべきか迷って選択できないときが多い。猫が、自分より大きくて若い猫が近くにいることを察知する。このまま、じっとしていれば気づかれないかもしれない。逃げればかえって気づかれて追いかけられるかもしれない。だが、相手はどんどん近くにやってくる。これ以上近くに来る前に逃げたほうがいいかもしれない。もう遅いかもしれない。決断がつかなくて金縛りにあったように身動きできない――。この曖昧な心の状態が「不安」だ。
短時間で現れては消える不安という感情も、もともとは生存に必要な感情だった。自分が置かれた状況(周り)への警戒心を持たせ、次の行動への準備をするという意味でも、生存に必要だった。問題は、今のような不確実な社会に住む人間は、数カ月、場合によって数年から数十年、この不安感をずっと感じ続ける状況に陥っていることだ。生理学的にいえば、大脳辺縁系の扁桃体が常に活性化していて、本来なら逃げるか戦うのに必要な化学物質、ノルアドレナリンを放出し続けていることになる。その結果、免疫力や記憶力の低下、うつ病などをもたらすストレスホルモンが体内で増えることになる。
不安がストレスを増大する
不確実で曖昧な状況において意思決定をしなくてはいけないとき、人間の脳は不安を感じ扁桃体が活性化することを証明した実験がある。
米国カリフォルニア工科大学が2005年に、次のような実験を行った。
被験者は、実際に金銭を賭けて、自分が次に引くカードが赤か黒かのギャンブルをする。
第1の実験では、最初に赤と黒それぞれのカードの枚数が明らかにされることにより、被験者は自分が赤のカードあるいは黒のカードを引く確率を計算することができる。第2の実験では、最初に赤のカードと黒のカードの枚数を知らされず、確率計算ができない。
各実験をするときの被験者の脳の動きをfMRI(磁気共鳴機能画像法)でスキャンしてみると、カードの確率を計算できない曖昧な状況である2番目の実験では、扁桃体が高く活性化することがわかった。
不確実性の定義については、米国の経済学者フランク・ナイトの1921年の論文が有名だ。彼は、確率で予測できるものをリスクとし、確率でも予測できないものを真の不確実性とした。その定義に従えば、上の実験は、確率でも説明できない不確実な状況下では、人間は脳の扁桃体が活性化して不安を感じる傾向が高くなることを証明した。